2019年5月24日金曜日

もつ「時計」が非常に大事である

元々亡くなった父親の影響からか相撲が好きだった。その相撲好きも本場所と関係のない北海道に移住してきて長らく下火になっていた。ところが、どういう拍子か、漱石のように『趣味の遺伝』というものが本当にあるのか、上の愚息が小生をこえる相撲マニアになってしまった。それで、ずっと叱るばかりであったのが不憫になって、令和最初の夏場所の四日目、カミさんと上の愚息を連れて国技館に行ってきた。ちょうど貴景勝が御嶽海との取り組みに勝ったはいいが、靭帯を損傷してしまった日である。

その夏場所も今日で13日目になり、優勝争いが面白くなってきている。

今日は御嶽海が竜電に負け、大関復帰を目指す栃ノ心は優勝を狙える朝乃山を投げたが土俵際で踵が出てしまいこちらも負け。小生の好きな二人とも黒星で全くさえない。


明後日の千秋楽にはトランプ米大統領も観戦に来るというのだから、その日に行く人は尻がムズムズするような感触だろう。自然に良い形になれば令和最初の東京場所も楽しい記憶になるだろうが、庶民の楽しみの場に政治がズカズカと入り込んできて好き勝手をやったなどという演出になれば、不愉快な記憶となり、それから1か月くらいはTVのワイドショーで安倍総理の不定見、いや無定見と鈍感があげつらわれ、散々に叩かれるだろう。そんな可能性も明らかにあるようなので、意外と危ない橋であり、ギャンブルだと小生は思っている。なにしろ7月には参議院選挙である。危ない、危ない……

世論らしきものは突然変わることがある。しかし、社会の現実はそんなに速く変わるものではない。

現実は不変でも、そこで生きている人間の認識、心情、感情などが変われば、世界が進む方向は変わる。そうはいっても社会には社会の変化法則というものがあるはずだ。社会の変動は人間の感情とは関係がないと考える立場もある。

社会はゆっくりと変わる。小生はそう考える立場だが、突然に本質的に変わることもあると観る立場もある。

自分がもっている時計と世界の時計を合わせなければ社会を理解するなど不可能だ。

相撲の社会も世代交代期にあるようだ。この世界もまたゆっくりと変わっている。

カミさんや上の愚息がずっと持ち続ける楽しい記憶もゆっくりと増えていてほしい。思うのだが、楽しい記憶は現在の孤独を埋め合わせるものだ。そのことは小生が10代の頃、父が長らく鬱状態の病気で家の中がずいぶん暗く、だからなのかどうか今でも分からないが、小生も内に閉じこもるようになり、学校内で孤立していたのでよく覚えている。

今日は閑話休題ということで。


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