アメリカのインフレ動向には世界が注目している。インフレを全般的物価上昇とみれば、
インフレ→価格の全般的上昇→名目利益増加→配当増加→株価上昇
という理屈になるはずだが、インフレ加速が金融引き締めにつながると予測されれば、
インフレ→引き締め予想→市中金利の上昇予測→株価下落
こんな展開になるとしても自然だ。
とはいえ、インフレが加速すれば、期待インフレ率が上乗せされ名目金利は自然に上がる理屈にある。なので、名目金利上昇が必ずしも実質金利の上昇を意味するわけではない。インフレ加速、金利引き上げ、実質資本収益率の間の関係は結構複雑である。
実際、ニューヨーク市場の株価動向をS&P指数の長期系列でみてみると下図のようになる。
1970年代の資源インフレ時代を通してアメリカ株価は確かに横ばい基調で不振であり、正にスタグフレーションの状態にあったが、1979年にポール・ヴォルカーがFRB議長に就任し、マネタリスト的視点に立った新金融調節方式が採用されたことから、いわゆる《ヴォルカーショック》が発生した。この前後の動向をWikipediaは以下のように説明している:
ボルカー指導下のFRBは、1970年代の米国におけるスタグフレーションを巧拙を抜きにして、とにかく終わらせた業績で知られている。連邦準備制度理事会議長に就任した1979年8月より「新金融調節方式」、いわゆるボルカー・ショックと呼ばれる金融引き締め政策を断行した。
ボルカーの導入した引き締め政策によって、1979年10月にはニューヨーク株式市場は短期間のうちに10%を超える急落を見せた(ボルカー・ショック)。1979年に平均11.2%だったフェデラル・ファンド金利(政策金利)はボルカーによって引き上げられて 1981年には20%に達し、市中銀行のプライムレートも同年21.5%に達した。しかし、それと引き換えにGDPは3%以上減少し、産業稼働率は60%に低下、失業率は11%に跳ね上がった。特に、政策目標をマネーサプライに変更したことから、フェデラル・ファンド金利が乱高下することとなり経済の不確実性が高まったことが、不必要に経済状況を悪化させた。
図が示すように、アメリカ株価は金利急騰後に急速な回復基調に戻り、その途中で"Black Monday"という大暴落劇を演じながらも、2001年の「ITバブル崩壊」まで株価は長期上昇トレンドを継続したのである。そもそもヴォルカーショックによる目を剥くような金利の歴史的高騰があった中で、株価はトレンドを逸脱する程の大きな落ち込みを示していないことが分かる。
クルーグマンは、一度強度のインフレマインドが蔓延してしまった場合には、それを根本的に解決するには長大な期間と巨大な経済的コストを必要とする、そう警告している。だから、1970年代のような状況にならないように、つまりヴォルカー議長のような荒業が必要になる前に、インフレマインドの目を摘んでおくことが重要だ。それが現在のFRBの政策目標である(はずだ)。他方、これまでのインフレはコロナ・パンデミックとウクライナ戦争による部分的かつ一過的な現象であり、期待インフレ率の高まりはまだ観られていないとクルーグマンは判断している。なので、いま懸念されるのはインフレ加速そのものではなく、FRBによる政策的オーバーキルだと論じている ― もちろん、その見立てで専門家が一致しているわけではない。そのついでに(というわけでもあるまいが)インフレ率2%という政策目標そのものにも疑問を投げかけている。なぜインフレ率2%まで抑える必要があり、なぜ4%では有害なのかと論じているのは興味深い。
昨日のニューヨーク市場は、5月の消費者物価上昇率が前年比8.6%上昇という報道を受けて、ダウ平均が前日比▲880.00(▲2.73%)、ナスダックが▲414.20(▲3.52%)の急落となった。大暴落とまでは言えないが、いかにインフレ動向に神経質になっているかが察せられる。と同時に、名目金利の引き上げを過剰に心配するのも、昔の激動を知らない若い投資家(というより経験不足のAI?)の愚かさに見えてしまうのだが、それは言い過ぎだろうか。
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