2023年9月2日土曜日

一言メモ: 中国経済の見方は専門家で共有されているようで

中国がニュース種になることが増えてきた。もちろん福一原発処理水の海洋放出に対するイタズラ電話攻勢と言った細かい話ではない。中国経済の行方に関する話である。

最近もThe New York TimesとWall Street Journalで中国経済の解説が載っていた。


NYTの方はKrugmanのコラム記事だ。氏は日本経済の行方にも高い関心を持っているようだが、中国経済がこれに絡むと、面白くて仕方がない研究テーマになるものと観える。

例えば最近の記事ではこんな事を書いている。記事のタイトルはそのものズバリ"Why Is China in So Much Trouble?"である:

The narrative about China has changed with stunning speed, from unstoppable juggernaut to pitiful, helpless giant. How did that happen?

My sense is that much writing about China puts too much weight on recent events and policy. Yes, Xi Jinping is an erratic leader. But China’s economic problems have been building for a long time. And while Xi’s failure to address these problems adequately no doubt reflects his personal limitations, it also reflects some deep ideological biases within China’s ruling party. 

問題解決のためにトップの習近平が適切な方策を採らないのは指導者としての資質上の限界を示しているのは当然として、もう一つ共産党のイデオロギー自体が持っているバイアスが中国の現状をもたらしているという面もある、と。そう観ているようだ。

... the speed of China’s convergence was extraordinary.

Since the late 2000s, however, China seems to have lost a lot of its dynamism. The International Monetary Fund estimates that total factor productivity — a measure of the efficiency with which resources are used — has grown only half as fast since 2008 as it did in the decade before.

中国の高度成長をもたらした全要素生産性(Total Factor Productivity)の上昇率は、実はリーマン危機以降、それまでの半分に鈍化してしまっていた。中国経済のダイナミズムが失われた主因はこれである。加えて、少子・高齢化という人口要因がオーナス効果を与え始めている。

However, slower growth needn’t translate into economic crisis. As I’ve pointed out, even Japan, often held up as the ultimate cautionary tale, has done fairly decently since its slowdown in the early 1990s. Why do things look so ominous in China?

とはいえ、成長率の鈍化が直ちに経済危機につながるわけではない。ここでもまた、Krugmanは現在の中国に比べて1990年代以降の日本の経済運営を<相対的に>高く評価している(かのようである)。これは稿を変えて何度も述べている。

At a fundamental level, China is suffering from the paradox of thrift, which says that an economy can suffer if consumers try to save too much. 

要約すれば、中国の貯蓄過剰というに尽きる。

マクロ経済の停滞はサプライサイドかディマンドサイドかのいずれかの側に原因がある。人口要因はマイナス要因として避けがたい供給側のファクターだ。が、Krugmanは家計の貯蓄過剰に今の停滞の根本的原因があると指摘している。過少投資というより過剰貯蓄である。多分、この見方はほぼ大半の経済学者が同じ見解を持っているに違いない。

家計の過剰貯蓄をもたらしている要因については色々な見解がある。少子化は子に頼れないことから老後不安を強め貯蓄を増やす。年金や医療保険など公的福祉の薄さは予備的動機を刺激して家計の貯蓄志向を一層高める。その他にも中国社会には多くの背景があるだろう。

貯蓄過剰体質の国が高度成長を実現しようとすれば内需不足から輸出志向になるのは当然だ。日本もかつてはそうであった。しかし、この路線は海外の雇用機会を奪うため反発をもたらす。だから輸出主導型成長には限界がある。国内に十分な投資機会のない中国で不動産投資と不動産バブルが進行したのはその帰結である、と。

何だかまるで1980年代の日本経済の解説を聞くようではないか。

だから、《中国の日本化》という言葉が最近よく使われているのであるが、これは現在の中国経済の先行き不安を指しているのではない。日本が歩んだ道とほぼ同じ道を歩んできた中国だから、バブルが崩壊した後も日本と同じ道を歩むだろうという予測なのである。

The obvious answer is to boost consumer spending. Get state-owned enterprises to share more of their profits with workers. Strengthen the safety net. And in the short run, the government could just give people money — sending out checks, the way America has done.

So why isn’t this happening? Several reports suggest that there are ideological reasons China won’t do the obvious. 

Source: The New York Times

Date: Aug. 31, 2023, 7:00 p.m. ET

Author: Paul Krugman

URL:  https://www.nytimes.com/2023/08/31/opinion/china-xi-jinping-policy-thrift.html

バブルが破裂すると金融不安が高まるので、先ずは公的資金を金融システムに注入することが必要だ。そうして家計の将来不安を軽減する方策を採って国内経済を消費主導型の経済体質へと転換する。これしか成長を維持する道はない。ところが、中国の共産党指導層はこの当たり前の結論を認めたがらない。ほかに正解があると思い込んでいる。

この意味で、中国政府は<非合理的>な政策選択をしようとしている。

1990年代早々、日本政府は不良債権を増やした金融機関に公的資金を注入しようとしたが、マスメディアと国民全般が拒絶反応を示し、それが出来なかった。公的資金注入なき「総合経済対策」を繰り返しながら何年も泥沼の道を歩み、ついに1997年から98年にかけて金融パニックを起こし、やっと公的資金注入の正しさに目覚めた。そして金融機関の不良債権処理に全力を注ぐことにした。が、期待成長率の低下とデフレマインドは日本人の心理に深く織り込まれ、元の経済成長経路に戻るにはもう遅すぎたのである。

失われた30年に迷い込む最初の段階において、日本政府は合理的であったが日本国民は非合理的だった。だから民主主義国・日本は失敗した。中国はその反対で、強い権限をもつ北京政府は何でもできるはずであるのに、政府が合理的政策を採らないでいる。非合理的である。それはイデオロギーのためである。マ、この辺り、小生の主観もある。


以上のようなKrugmanとほぼ同様の事をWall Street Journalも書いている。解説の書き出しはこんな風である:

 【香港】中国の経済政策を動かすのは今やイデオロギーとなった。約50年前に西側に門戸を開いて以降、その傾向は最も強まっており、指導部は混迷する経済に活を入れるための有効な手を打てずにいる。

 エコノミストや投資家らは、国内総生産(GDP)を押し上げるもっと大胆な取り組みを中国政府に求めている。特に個人消費の喚起策を、必要なら新型コロナウイルス下で米国が導入した現金給付を実施すべきだという。

 中国が米国に近い消費者主導型の経済への移行を加速させれば、成長が長期的に持続可能となる、とエコノミストらは指摘する。

 だが最高指導者である習近平国家主席は、欧米流の消費主導による経済成長に対し、哲学的で根深い反対論を抱いている。政府の意思決定をよく知る複数の関係者はそう話す。習氏はそのような成長は浪費が多く、中国を世界有数の産業・技術大国に育てるという自身の目標とは相いれないと考えているという。

Source: Wall Street Journal

Date:  2023 年 8 月 31 日 08:31 JST  

Author: Lingling Wei and Stella Yifan Xie

URL: https://jp.wsj.com/articles/communist-party-priorities-complicate-plans-to-revive-chinas-economy-4ca3209b

あとは大体同じ主旨なのでここに書く必要はない。

最後に

 香港大学の陳志武教授(金融学)によると、中国の政策立案者たちは長年、国有企業に資源を振り向ける方が、国民への現金配布よりも迅速かつ確実に成長を生み出せると考えてきた。消費者は国有企業よりも気まぐれで制御が難しく、たとえ現金を受け取っても支出を増やすかどうか定かでない、というのが彼らの見方だという。

 また中国当局者は国際機関の担当者に対し、文化大革命の時代に習氏自身が乗り越えた数々の苦難――当時は洞窟で暮らしていた――が、緊縮から繁栄が生まれるという思想の形成に役立ったと話していた。

 「中国からのメッセージは、欧米流の社会的支援は怠惰を助長するだけ、ということだ」。国際機関の会合でのやり取りを知る関係者はこう語った。

こう書いている。

何だか戦前期・日本の軍国主義を思わせるところがある。いや日本の「総動員精神」と異なり、国民に信を置かない点は、儒教の伝統と同じ『子曰、民可使由之、不可使知之(子曰わく、民はこれに由らしむべし。 これを知らしむべからず)』を想わせる。

あるいは、センチメントとしては北京の共産党政府は今もなお<戦争>を戦っている感覚なのかもしれない。 <前衛たる共産党の使命感>と言えばそれまでだが、それにしても共産主義というのは厄介な思想である。<善意の押し売り>と言えばそれまでだが、軍をもっている権力に抗うのも極めて難しい。

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