2023年9月9日土曜日

覚え書き: 破滅的トラブルに見舞われた企業が再生する定石はあるのか?

今日の標題は大きなテーマである。書けば一冊の本になる。その本には多くの成功例と失敗例がケーススタディとして含まれ、そこから抽出できる何らかの一般原則が述べられていくに違いない。

バブル景気にのって無理な事業拡大を進めたカネボウやダイエーは失敗例である。ウェスチングハウスという巨大買収が裏目に出た東芝も失敗例だ。百貨店事業を軟着陸させた(ように見える)東急グループとクラッシュ寸前の西武グループの違いは、百貨店事業を中に置くか外に置くかという両者の資本戦略を論じるのが本筋だろう。1990年代末から2000年代初めにかけて浮いた銀行と沈んだ銀行を分けたのは、当然のことだが、バブル期の融資戦略とその後の不良債権処理における経営判断の優劣に帰着する話しだ。

そしていまエンターテインメント・ビジネスの雄であるジャニーズ事務所が消滅瀬戸際の危機に立ち至っている。その原因や経緯をここで改めて書くのは不必要だろう。

今日の本題をとりあげるとき、ジャニーズの再生戦略は成功例に入るのだろうか?それとも失敗例に入るのだろうか?

記者会見を視たわけではないが、大筋をネットでみると、何だか新体制は『もって3年、おそらく2年、あるいは1年もたないかも』と、そんな予想を立てているのだ、な。

とにかく、具体的なことは何も決まっていない。

こんな方向で進めていきたいナア……一所懸命やりますから、皆さん、見守ってください

要するに、こういうことだった、と思う。

基本戦略が何一つ語られなかったのである。一つ挙げるとすれば《加害の認知と謝罪の意志》を明らかにしたというその一点のみである。今後の会社としての方針は何一つ決まっていないのであろう。

ビジネススクールで授業を担当したとはいうものの、小生は経営学の専門家ではないので、一般理論につうじているわけではない。

とはいえ、破滅的トラブルに見舞われた企業が採る方策は

事業全体のうち、クロの部分を切って(=償却計上する|身を切る)、白の部分を残す。結果として資金不足に陥れば、出資者を外部に求め「身売り」して事業体として生き残る。

これが共通原則であった(はずだ)と理解している。


ジャニーズも民間企業であるから、今後将来にかけて事業を続けて行ける部分と、トラブル処理をする部分とを分ける必要があるのではないか?どう分けるかは、色々な考え方があるだろうが。


どうやら創業者による性加害行為による被害者は数百人というオーダーに上るようである。おそらくもっと多いのだろう。これらの被害者の全てが把握できるかといえば、被害者本人が名乗り出ない可能性もある。ここが非常に不透明である。なので、被害を名乗り出た人たちに対してのみ損害賠償をするとしても、公平性が担保されない可能性が高い。問題点はいつまでも残り、傷が化膿するように企業イメージを毀損し続けるであろう。

《救済事業》をどう進めるか、この枠組み構築だけでも解くべき難問が多い。

そして、これまでのブランド・イメージが決定的に毀損されたいま、今後の事業継続にどのような組織編成で取り組むのか?悪い部分と切り離すはずの善い部分は、本当に善い企業なのか?こんな疑惑から解放されることが不可欠である。《再生事業》もまたその組織がとるべき形を決めなければならない。

トラブル処理と事業再生は事業としては別の事業なのであるから、別の会社にするべきであると思う。同じ経営陣が両方の事業に取り組むというのは、時に利益相反の状態を招き、(多分)不可能である。最悪の場合、またまた《被害の隠蔽》に走り、それが暴露されるというリスクがある。

最初に組織戦略をきちんと決定しておくのが企業の再生には不可欠である。

その辺の事柄が、発端となったBBCの報道から相当の時間が経過しているにも関わらず、まだ何も見えていない。これはジャニーズ事務所の(旧経営陣も含め)現経営陣の能力の限界を示している。企業は人で決まる。

人は城 人は石垣 人は堀

    情けは味方 仇は敵なり

極めて有名なこの武田信玄の処世訓が、残念ながらジャニーズという会社にプラス面、マイナス面の両方ともに見事に当てはまってしまったということだ……

故に、人的側面からジャニーズ事務所の将来は楽観できないのである。


まあ、経営学の専門家ではないが、この位は見当がつく。

記者会見では弁護士が同席していた。が、前に日大トラブルに関して投稿したことがあるが、法曹の理屈と経営の理屈は異質である。法曹のロジックで企業を再生するのは「畑違い」の典型である。真剣に再生を願うなら経営専門家を雇うべきだろう。



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