2024年9月23日月曜日

断想: 現代日本でも「口伝えの継承」、"Oral Tradition"は残っているのだろうか?

令和という現代日本社会が迷っていることの一つに「昭和」という時代とどう向き合うかがある(ように観える)。

一方には「昭和レトロ」に魅かれる感覚が底流にある。しかしもう一方では「時代遅れの昭和スタイル」への拒否感情がある。この先どちらのモメントが優勢になるのだろう?小生には予想し難い。どちらに転ぶかで時代はまったく違うものになるだろう。

ひとつ現代日本社会で衰退しつつある機能があるとすれば、英語でいう"Oral Tradition"、簡単に言えば「口伝えの継承」だろう。

この背景(の一つ)はなにも「世代対立」という大げさなものではない。それよりは「家族の現状」があるのだと思う。

居住という面で親族が離散して暮らすという変容はずっと進行中だが、最近年では核家族化の動きを超えて、核家族でさえも社会の中で埋没し、弱体化し、粒状化しつつある。そんな社会状況があって、これまでは当たり前のように続いて来た日本人の生活習慣がなくなりつつある。誰もが奴隷制社会の奴隷のように仕事と時間に追われている。益々そう感じるのだ、な。

「仕事」、「社会的貢献」……、どれも現代日本で俄かに倫理的価値を帯び始めた単語だ。その光に目がくらんでいる日本人が多すぎる気がする。

「昭和」という文化に関心があるなら昭和を生きた人の話を聴くのが最良だ。その時代のリアリティを体験した人だけが、その時代をありのままに語れるのである。そうでなければ「伝聞」で、文字経由の知識にしかならない。

とはいえ、いま生き残っている昭和世代は、もう昭和戦前期のことは朧げにしか知らない昭和戦後派である。明治から昭和20年夏までの日本を支配した価値観や生活感情、年中行事、暮らしのあり方を知っている人たちは世を去りつつある。それでも「戦後」という時代がいかに良い時代であったか、また何が悪くなったかを率直に語れるのは戦前を知るこの世代だろう。

小生の亡父が生きていれば98歳、母がいれば95歳である。その母も終戦時には16歳でしかなかった。いま思い出す戦時の記憶と言えば勤労奉仕と空襲警報くらいのものだったかもしれない。

歴史家は聞くべき人々からもう聞き終わったのだろうか?

何も"Oral Tradition"とか"Oral History"などと洒落て言う必要はない。

少し前までは、孫が祖父母の家に遊びに行くのは、当たり前のことで、それも年に2回か3回ではなく、週末になると日常的に訪れたものであった。

祖父母は両親より優しいのが普通だ。親に買ってもらえないモノを買ってもらったり、親に叱られたことの愚痴を聞いてもらったことも小生だけではないはずだ。食事のときには、前の時代の習慣や暮らし方、食生活の話しを、昔風の言葉づかいでしてもらったり、大事件の思い出話を聴く。これが親の家では体験できない面白い時間なのだった。そんな耳学問の機会が、ここ近年の日本社会から極端に減ってしまったのではないだろうか。

減っていても必ずしもそれは若い人たちが忌避しているからではあるまい。

小生の昔のゼミ生の一人は、結構、旧いモノが好きで、40、50歳になれば和服で過ごし、炭を火鉢で燃やして暖をとりたいと話していたものだ。いくらなんでも、この北海道で「火鉢」なる暖房で大丈夫なのか、その時は「寒いぞ」と応えておく位にしたが、いまはどうしているだろうと、様子を聞いてみたくなる。

前にも投稿したが、日本人は食事でまだ箸を使う習慣を捨てないし、夏に浴衣や甚兵衛、作務衣を着ることを恥ずかしいとは思わない。運動会や修学旅行もまだ続けている。

日本文学で残念な点は、「青春の文学」が多い反面、「老年の文学」が少ない、というより極端に少ないことである。

何かを伝えたり、主張したりするのが、その人の青春であるなら、老年はして来たことを思い出しては、改めて意味づける年齢だ。主張は時に挫折感を産むが、回顧は折につけ後悔と懺悔につながるのである。辛いとすれば若い時分も年老いた後も同じである。

「老年の文学」を書くためには ― ずっと前にも一度投稿した記憶があるが、ブログ内検索をかけても見つからない ― そもそも書き手自身が長命でなければならない。

ところが、日本で長寿を全うし、かつ年老いてからも作品を書き続けた人は少ない。たまに書くと思えば、谷崎潤一郎の『瘋癲老人日記』であったりする。これは作家自身が75歳になった1961年の作品で、谷崎は1965年には他界するのである。また、有吉佐和子の『恍惚の人』も老人小説として世に衝撃を与えたものだ。が、こちらは有吉が41歳になる年に書かれたものだから、中年世代が老人を視る時の目線である。小生があってほしいと思う文学ではない。

例えば英国の(大衆?)小説家・モームの味わいを出している作家は日本にはいない(のではないか)―『徒然草』の卜部(吉田)兼好、『方丈記』の鴨長明などの随筆家はいる。しかし、彼らの隠遁志向に共感する若者がいるだろうか?

モームの『サミングアップ』は、齢をとってから書いた自叙伝だが、小生はかなり以前に読んでから、いつの間にか暇があるとパラパラとめくるような存在になった。

例えば、次の下りに書かれているような話は、大まかな所、少し前の年寄りなら小生たち若い世代に語ることが出来ていたような感じがする。

以下、原文を日本語の話し言葉に変えて、適当に翻訳している点、ご容赦頂きたい。岩波文庫版で335頁の一部だ:

バカな老人の老後は、そりゃあネ、バカなもんでさあ。でも、そいつぁ若い頃から、バカだったってこってすヨ。 

若い人が年寄りにコワゴワ遠慮するのは、老人ってのは、齢をとってから若い奴らを奮い立たせようというかサ、色々と求めるからでしょうネエ。そんな厳しいことオ言われるのも片腹痛いしネ、敬して遠ざけるのにこしたことはねえ。そういうこっちゃねえかと、想像してるンですがネ。違いますか? 

だけど、そりゃあ違うンですよ。大体、老人ってのはアルプスにゃあ登れない。可愛い女をベッドに押し倒すのももう無理だ。 

だけど、そうなりますとネ、若い人の身の毒になる嫉妬とか、欲望とか、そんな悪い感情からは解放されるのが、齢をとるってことですヨ。まあイイもんだよ。若い人にああしろとか、こうしろとか言っても、中身がある訳じゃあねえ。五月の空の吹き流し。どうでもイイ。ただ気がつくから言うだけのこってすヨ。若いときのように深刻じゃあねえんです。所詮、達観してまさあネ。 

それに、年寄りには実はネ、「時間」があるンですよ。古代ローマに大カトーって偉い文化人がいたンですけど、その人は80歳になってからギリシア語の勉強を始めたって何かで読んだことがありますがネエ……、あっしはこの齢になってから分かるんだが、驚かないヨ。 

若い人たちは、何かっていうと忙しいから、時間がないって言うでしょ?だから時間がかかり過ぎることは割と避けるンじゃないですかい?「タイパ」っていうヤツでさ。でも年寄りになるとネ、意外と時間がかかるようなことも喜んで引き受けるもンですよ。意外でしょ?なってみなくちゃ分からないことは多いンですよ。 

だから、年寄りになると、趣味がよくなって、絵や文学もネ、偏見なしにじっくり楽しめるようになれるんですヨ。偏見ってえのは、若い人の判断を歪めたりしますからね。それがなくなると、色々、イイことがあるンです。

だからネ、老人には老人の「充足」ってェのがあるンです。エゴイズムの束縛から解放されてみなせえ、幸福なイイ毎日です。

ま、これもなってみなくちゃ、分かりっこねえ。話だけなら、いくらでも出来ますがネ。 

どうです?自慢話じゃあないが、聴いてみたくもなるンじゃないですか?若い人。エッ!ならない。そいつぁ、困ったネエ・・・ま、好きにするがいいさ。そのうち分かりますから……


今でも人気があるのだろうか、岡本綺堂が書いた日本最初の捕り物帳『半七捕物帳』は、明治になってから、若い人が幕末に岡っ引きとして活躍した半七老人から思い出話を聴いて、それを記録した形になっている。少し前までは、そんな口伝えの歴史が日本の色々な町の色々な家の中の一室で長々と話されていたに違いない。これらは、その時限りの思い出話で、わざわざネットに書き残す必要のない、それでも他では聞けない確かにあった事の記憶ではあった。

そんな社会状況を前提できる社会なら、旧いモノを変えて、新しいモノを取り入れ、社会を進化させていくとしても、大事なポイントを見落としてしまう心配はないはずだ。 

【加筆修正:2024-09-24】



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