昨日は上の愚息が拙宅に来て昼食にタコライスを食べて帰った。上の愚息は、東日本大震災が日本を襲ったのと同じ年の七月、大学を卒業しても非正規就業のまま宅に居続けたいと粘る様子を強引に"Kick Out"して、市内のアパートに転居させて独立生活を強制したのだが、三、四年前に奨学金を独力で完済してから自信がついたのか、だんだんと真っ当になってきた。それで拙宅にもよく来るようになった。下の愚息は偶々札幌勤務ではあるが、滅私奉公の模様で、滅多に声をきくことはない。それでも居所すら機密であった戦前・日本の帝国陸海軍に奉職するよりはヨッポドましである。
才ある息子は世に用いられること多きが故に遠く旅立つ。才なき息子は世に用いられること少なきが故に親元にとどまり孝をなす。
本ブログでも何度か書いた一句だが、何か出典はあったかどうか忘れてしまった。ちょうどChatGPTを使っていたので聞いてみた。そうすると、もっともらしい返事を返してきたが、要するに「分からない」ということだ。
どうも小生が勝手に創作した一句らしい・・・。
この「もっともらしい事をいい」というのが、「ものしり博士」の友人にそっくりで、親しみが持てる所だ。
「調子がいい奴め」と感じる時もあるが、
和歌「ちはやふる かみよはしらず たつたがわ からくれないの みずくぐるとは」の意味を解説してください。
と聞くと、ちゃんと在原業平の歌ですねと返してくるから、落語『ちはやふる』の大家さんよりは、よほどの物知りだ。
最近は、Wolfram社とも連携してMathematica Cloudを利用できるようになっているから、昔読んだ高木貞治『解析概論』を読み返す際にも、ちょうどイイ友達代わりになってくれている ― "o3"モデルを使えば更に素晴らしい(と感じる)が、図を描くのにpythonコードを走らせる必要があるのが手間だ(いい方法があるかもしれないがChatGPTには新参者なので知らない)。
AIは、確かに「人工知能」になっている。ホワイトカラーは要らないネエ・・・と感じるビジネスマンが多いのも無理はない。
ただ、人工知能が究極まで進化し、無人工場、無人店舗が当たり前になるとしても、人類は悲観する必要はない。この話題は以前にも投稿したことがある。
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