数日前に
「AIで管理職は減る」をアマゾンも認めたというヘッダーの投稿をネットで見かけた。一読すると、結構、中身があるので、例によって抜粋させて頂きながらコメントを付けて自らの勉強としたい。
書き出しは
米アマゾンが「AIによる効率化で、管理部門の従業員数が減る」と発表したことが波紋を広げている。日本工業大学大学院技術経営研究科の田中道昭教授は「巨大テックCEOが『AIリストラ』を明言したのはこれが初めてだ。この影響は必ず日本企業にも波及するだろう」という――。こんな感じだ。
Source: President Online
Date: 2025-06-24
Author: 田中 道昭(以下同様)
ChatGPT等の生成型AIがホワイトカラーを代替するようになるだろうというのは、ほぼ確実に予測されている事で、今さらこの動きが現実化したからと言って驚くには値しない。そう思いながら読んでいくと:
2025年5月13日には、米マイクロソフトが従業員全体の3%近くにあたる約6000人の従業員を削減することが発表された。そのうち4割がソフトウェアエンジニアであり、AIによる業務自動化やそれに伴う組織再編などが主な要因と報じられた。これは知らなんだ・・・。そうなんだ・・・アメリカのITメガ企業は着手が実に速い。
さらに、衝撃的なのはトップMBA卒の就職難である。ハーバードやスタンフォードといった超一流校でも卒業後3カ月で2割前後が無職という前代未聞の状況という。資料作成や定量分析など、これまでMBA新卒が担っていた業務の多くがAIに置き換えられたことが背景にある。さすがにビジネススクールで統計分析の授業を担当していた身としては、気になる、というより『いま担当するとすれば、どんな事を話すのがよいだろうか?』と現場に復帰したいような気持になる。
人間にしかできない意味をつくる力こそが、これからのコア・スキルになる。ふ~~む、確かにいま多くの人が同じような事を云っている。
これに対して、次のようなコメントをOne Noteに手書きで加えている。
そんなスキルは万人が身につけられるものではあるまい。と。
一体、「人間にしかできない意味をつくる力」とは、具体的にはどんな力のことを指すのだろう。そんな力は、学校のカリキュラムを通して授業や演習で身につけられるものなのだろうか?もし学校教育で修得可能なスキルなら、それは客体化された技術であるから、AIでも教えれば出来ることなのではないか?そう思った。
議論は更に進む。
人間が仕事を通じてどのように社会と関わるのか、どんな価値を生み出せるのか、という仕事の意味そのものを問われているのだ。 ... ... これからは、「人材の見直し」「業務の再設計」「教育制度の再構築」という三つの課題が同時に進行する。 ... ... 学校と企業の間をつなぐ学び直しの仕組みや、個人のスキルを見える形で証明できる環境づくりが急務となる。 ... ... この問いは、効率の追求ではなく、人間という存在の意味を意図的に設計し直す行為に他ならない。こんな風に、結局は学校や企業の、ひいては我々人間自身の存在の《再設計》へと話が展開されていく。
「しかしネエ・・・」と小生は思う。こんなコメントが付けられている。
人間が「発明」したAIが登場したために人間という存在の意味が意図的に設計し直されるという問題意識そのものがどこか歪んでいて不健康である。そもそも自分の存在意味を意図的に設計しなおすように迫られる人間を人間の造る技術文明が生むべきではあるまい。再設計される対象は「企業」という「社会組織」であるのは自明である。しかし、人間ではない。人間はそのままでよい。十分だ。そして企業が再設計されるとすれば、「生産」という概念が再定義されることになるのも自然なロジックである。ずいぶん以前になるが、人工知能が窮極まで進化を遂げ、ほとんど全ての人間は働かなくとも「食っていける程には」マクロのGDPが生み出される。そんな社会になった時、雇用はどうなるのか、人間の生活や消費はどうなるのかについて投稿したことがある。そこでも書いたことだが、
もし全員が現役世代であれば、実質賃金の上昇は人の暮らしが向上することと裏腹の関係になる。こんな風にまとめている。つまり、一つ残る問題は《分配》だけである。別の投稿では
が、高齢化が進むと言うことは、働かずして所得を得る人の割合が増えるということだ。高齢者全体が得る所得はその社会の労働所得ではない。
... ... 機械への代替が進む中で賃金上昇は緩和される。人は減るので労働所得の増加も抑えられる。他方、資本集約化されることで生産活動は全体として減ることはないので、利益が拡大する。労働分配率は低下する。 「悪い低下」ではないだろう。
ただ、上のような極限の状況では、現在の市場経済の下では労働需要がほぼゼロとなり、労働分配率もそうなる。ということは、資本所得に対する課税によって必要な所得を国民に再分配しなければならないという理屈になる。これは資本主義の体制とは異なる社会だ。と書いた。
いずれにせよ、AIを悲観的にみる発想は小生には皆無だ。生産性の向上を約束してくれる科学技術の発展が人類にとってマイナスである理屈は最初からない(と考えている)。ただ、その恩恵を社会全体に浸透させるには、今までの社会慣行ではダメだ。そういうことであって、この点で《社会組織の再設計》は要請されて来ると思う。が、人間がAI社会に適応するため努力して自らを再設計するなどというのは、しっぽが胴体を振り回すような思考だと思う。
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