2020年6月3日水曜日

アメリカは孤立主義に戻るのだろうか?

トランプ大統領、就任早々にTPPから離脱してから、パリ協定を蹴っ飛ばし、とうとうWHOとも縁切りを表明した。

そもそも歴史的には「孤立主義」に傾く傾向があるのがアメリカ合衆国である。

第一次世界大戦に参戦し、英仏側・連合軍に勝利をもたらしたアメリカであったが、ウィルソン大統領が主唱して設立された国際連盟への加盟は、国内の反対にあって実現しなかった。

政権を奪還した共和党のハーディング大統領は、"America First"と"Return to Normalcy"を旗印に、国際連盟への非加盟を貫き、伝統的外交へ回帰した。とはいえ、1920年代の軍縮への潮流を確かなものとしたワシントン会議を開催したのもハーディング政権であった。そんなハーディング政権であったが、その腐敗ぶりは「オハイオ・ギャング」と呼ばれるほどで、当の大統領本人は再選を目指した選挙運動中に病に斃れて急死した。世界で猛威をふるっていたスペイン風邪ではなかったそうであるが、いまからほぼ100年の昔、1923年のことである。そんなこんなで、ハーディングは歴代ワースト・ワン大統領にノミネートされることが多い。ま、この辺は前にも投稿したことがある(これこれも)。

アメリカが今になってまた「孤立主義」をとろうとするにしても「またか」という感覚もあり、「ご随意に」という国々も多いかもしれない。「孤立」といっても世界とは政治的に関わりあわないということで、ビジネスではオープンな市場を要求し、米企業による自由な利益追求を国としてバックアップしたい、と。本音はそんなところだろうとは思う。邪魔をする国家には軍事的圧迫を加える。ある意味、「砲艦外交」も辞さない。そういうことだろうとは、思う。と、ここまで述べて来れば、ぶっちゃけ、アメリカも中国と同じやり方で自由に行動したいと。要するに、こういうことではないかい、と。小生は思ったりもする。

しかし、それは19世紀にヨーロッパ列強が展開した帝国主義に近い。

であるとすると、一体どう考えておくのがよいのか?
それが問題だ。

香港を「国家安全法」の下に置くと北京が決めたというので、アングロサクソン連合が反対の声明を出すという。本当に孤立主義をとるなら、中国は中国国内でやりたいようにどうぞと「イデオロギー・フリー」の観点にたって放任するのが孤立主義である。

アメリカは、孤立主義をとるのだろうか、多国間連携をとるのだろうか?どちらを本気で選ぶつもりなのか?今のところ、「やめた、やめた」の孤立主義ではなく、仲間を募って「新冷戦」に持ち込む多国間連携を模索しているようだが、分からない。近いうちに分かるだろう。

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帝国主義時代にはヨーロッパ列強の横暴が激しかったが、カネと軍事力だけで勝者にはなれず、富を築くことはできなかった。

何よりその国の産んだ文化・文明・ライフスタイルに普遍的な魅力がなければならなかった。

これが最も基本的なポイントだ。

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いま現在、英米発祥の生活スタイルが驚くほど広く世界で習慣化してしまっている。サッカーやラグビー、野球やクリケットだけではなく、サンドイッチ、というよりサンドイッチに適した英国風のパン(≒食パン)、ハンバーガー、シャーロック・ホームズやハムレット、フィリップ・マーロウ、ビートルズ、ジャクソン、etc. etc.、そして、英語だ。プログラム言語にも英語が使われていることを当たり前だと思っている。専門家は調べたことがあるのかどうか分からないが、現代の人間文明の基盤に占めているアングロサクソンの寄与度は既に古代ローマの上を行っているのではないかと思う。秦・漢王朝や隋・唐王朝の遺産で世界の誰もが馴染んでいる基礎的なものが何か残っているか。中国以外ではせいぜい日本人が好きな『春眠暁を覚えず』などの漢字の詩句くらいだろう。火薬、羅針盤、印刷術はもう古すぎる。

古代ローマは国家権力としては崩壊した。しかし、消失したのではなく、継承されたのであった。継承されるべき新しい何かを産み出さなければ人は集まらない。

文明、社会、国家は、人間社会を観るときに役立つ言葉に過ぎないが、その運動について色々と考えをめぐらすことは、宇宙やエネルギーについて考えるのにも似ていて、やはり面白い。そんな面白いことが学術になる。学術の自由のある国が、やがてやってくるかもしれない新・帝国主義の時代を勝ち抜く国になるだろう。

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