コロナ・ウイルスの新変異種"omicron"にどう対応するかで、アメリカのバイデン政権は
経済・教育活動は今のままオープンを継続
という方向を選択したようだ。The New York Timesには
White House officials, and the president himself, have said the plan is aimed at keeping the economy and schools open. Yet it remains unclear how the strategy, and the administration’s new policies, will affect an economic recovery that faces new waves of uncertainty from Omicron.
と書かれている。
具体的方策としては《国内および国内外旅行者に対する検査拡大》、加えて《ブースター接種》を柱にするようだ。
WASHINGTON — President Biden, confronting a worrisome new coronavirus variant and a potential winter surge, laid out a pandemic strategy on Thursday that includes hundreds of vaccination sites, boosters for all adults, new testing requirements for international travelers and free at-home tests.
バイデン大統領はこれまでワクチン接種に最大の力点を置いてきたが、それでもなお共和党支持色の強い"Red States"やいわゆる「田舎」で接種率が中々上がらず、全国の接種率は頭打ちになっていた。そこでワクチン接種から検査拡大に向けて作戦正面を転換した、ということなのだろう。紙面では
After nearly a year of pushing vaccination as the way out of the pandemic, Mr. Biden has been unable to overcome resistance to the shots in red states and rural areas. His new strategy shifts away from a near-singular focus on vaccination and places a fresh emphasis on testing — a tacit acknowledgment by the White House that vaccination is not enough to end the worst public health crisis in a century.
と説明されている。
もちろん旅行制限は厳格化されている。ただ上の記事に基づく限り、アフリカ8か国を対象としているようだ。
Mr. Biden’s remarks at the National Institutes of Health were the second time this week that he had addressed the nation on the pandemic; on Monday he spoke about new travel restrictions he imposed last week on eight African nations.
Source: The New York Times, Dec. 2, 2021 Updated 9:13 p.m. ET
URL:https://www.nytimes.com/2021/12/02/us/politics/biden-omicron-covid-testing.html
これからどのように適宜修正が加わって行くは不確定だが、《オミクロン対応の基本原則》を明示している所は、政策説明がロジカルである。
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もちろん説明をロジカルにするのは一長一短である。論理には《前提》がある以上、その前提が当てはまらない場合にはどうするか、という質問がありえる。そして、そもそもパンデミックの進行は不確実性が伴うから、意思決定の前提が崩れる時のことを質問されると、いずれかの段階でそれ以上の説明は困難になる理屈だ。そこで《不安》が生じる。
例えば、「検査拡大というが、水際防止を検査だけで達成できる確率は?」という質問に回答するのは難しいだろう。あるいは、「検査で水際防止を行うより入国禁止のほうが効果的ではないか?」といった部分最適的な質問とか、「もしも教育の現場で感染者が急増する場合にもオープンのまま継続するのか?」という将来の<IF>を問うものとか、多数の疑問がありうるわけだ。
つまり、不安はロジックでは解消できないのである。
その解消できない不安を解消してほしいと願って
不確実性があることをもって今の不安を正当化する
こんなタイプの、いわば「議論を袋小路に陥らせるような質問」が、政策の受け手側の心に浮かんだときに、その質問をあえて控えるべきかどうかは、これは国民性に応じて変わって来るものであろう。いずれにせよ政策は目的を決め、何かの前提をおき、議論をして、結論を出すことによって決まるものだ。不確実性は直面している現実によっている。故に、不安をゼロには決してできないのである。
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火事の現場に到着した消防士が、
放火である確率がゼロでない以上、証拠保全には十分留意するように
などと真っ先に注意するような隊長がいるとすれば、「熟慮」というより単に「のろま」である誹りを免れない。確率的には多くの可能性があるのだが、意志決定と行動はその中の一つを選ぶことである。リスクが消えた段階で行動に出ようと熟慮してもそんな時はやっては来ない。生きていることそのものがリスクである。
現実そのものに含まれる不確実性は、たとえ熟慮しても減らすことは出来ない。
つまり、日本社会で起こっているあらゆる現象は、同根であると思って観ている。 ただ、日本人がなぜこれほどリスクを嫌うようになったかというその根本原因は(小生には)分からないし、日本人の全体がリスクを嫌うようになっているのかと聞かれれば、全体がそうなっているわけではないという気もする。そもそも社会全体のリアリティなぞ、分かっている人がどこにいるか、であろう。我々に出来るのは、一部のサンプルを強調するか、全体を概観して印象を抱くか、のどちらかだ。そもそも『政治家と国民とのコミュニケーションって、一体、何を誰にどうせよと求めているのだろう?』と、この疑問がずっと解けないでいるのだ。
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ま、いずれにせよ、
リスクだけを語るなら
リスクは小さいほど良いに決まっている。
成長を語るなら
成長率は高い方が良いに決まっている。
平等・不平等を語るなら
不平等よりは平等のほうがイイよね
コロナ感染に話が及べば
感染者数は少ない方がイイし、重症者、死亡者も少ない方がイイに決まっている。
マスコミは誰にも分かる話しをする。難しい話はしない。しかし、最適な政策というのは、複数の目的を同時に最大化はできないからこそ《最適》というのだ。そして、人は色々である以上、選ばれた政策が<最適>だと考えない日本人の方が常に多いものだ。
確かに「コミュニケーション」が重要なのだろう。しかし、行政府が、政策上の意思決定について国民に説明するとき、どのような意識で、どのような構成でどんな風に話して説明するかは、聴く側の国民の感性に応じて、やはり変わるものである、と。上のNYT記事からそんなことを考えた。
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