日本仏教会が「死刑廃止」を統一的意見として表明することにしたとの報道だ。
「不殺生」を教える仏教の教理からすれば当たり前であり、実に誠実な結論である。
ここで一つの疑問:
刑務所に収監されている受刑囚の基本的人権が話題になることがある。リベラル派と呼ばれる人たちは人権保護に対する強い意識をもっている。
受刑囚の人権を重視する立場にたてば、そもそも被告人の人権を重んじる立場に立っているわけでもあるので、被告人の命を奪う刑罰である死刑は国家権力による殺人、つまり究極の人権侵害である理屈だ。故に、受刑囚の人権を重視するなら死刑に反対しなければならない。有期刑を課される被告人の人権を重視しながら、同時に死刑を宣告される被告人の人権は「仕方がない」と割り切る思考回路は、(専門外である)小生には理解不能である。
ところが、リベラルと呼ばれるメディア、言論人から「死刑廃止」が主張されることはあまりない、というより不勉強のためか聞いた記憶がない。まったく一貫していないと小生は思う。
安倍内閣の「桜を見る会」を非難する時間的余裕があるなら、「死刑」という刑罰が世界において占めるポジション、死刑存続をなお認め続ける日本の世論の特異性を正面からとりあげ、ワイドショー辺りでまずは「死刑の是非」について話してみるのが誠実の証しと言えるのではないだろうか。とりあげる好機である公判には困らないはずだ。
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