2020年1月5日日曜日

感想: ゴーン氏逃亡と「主権侵害」についての不思議

被告人・カルロス=ゴーン氏のレバノン逃亡劇について議論が沸騰している。

保釈条件に違反して逃亡したこと自体は日本の法律の下では許されない。また、正規の出国手続きを採らず密出国した点も非難に値する。

ただ、小生が最も不思議に感じている事は、関係官庁である法務省や検察庁、更には一定の条件の下に保釈を許可した裁判所に勤務している官僚が『これは日本の国家主権を侵害している』と憤慨するならまだ分かるが、一切関係のない純粋の民間人までもが『主権が侵害された』などと官僚と一緒になってゴーン氏を非難している事である。更には、受け入れたレバノン政府、またまた更にはゴーン氏にかなり同情的な海外メディアにも激昂している様子なのだから、小生、不思議で仕方がない。

日本の公務員が怒るのならまだ分かる。今回の逃走劇は日本の行政機関にとっては恥でもあるし、精励している仕事を土足で踏みつけられたようなものだからだ。しかし、公務員でもない民間の人が何故憤るのだろう?・・・この辺の心理が小生には分からない。逃げた被告人が「外国人」だから許せないのだろうか?それとも「金持ち」だから許せないのだろうか?あるいは、現代日本人は法律に従うことがいつでも常に「正しい」と本気で考えているのだろうか?

こういう表現は左翼的で普段はあまり使わないが、「国家権力」が「一個人」に愚弄されたとき、多くの市民は喝采はあげないまでも、ある種のカタルシスを感じて「スカッとしたなあ」と語るものだ。スカッとしたと言わないまでも『逃亡されるような酷いことをしたのか?』などと、「お尋ね者」を白眼視しつつも指名手配をする「お上」の方をも詮索したりするものである。そうなって当たり前ではないか。これまた左翼的で普段はこんな言い方はしないが「権力を笠に着て、勝ち組で御座いますなどとヌクヌクと暮らしている」役人輩の裏を見事にかいたわけだ。これが庶民にとって痛快でないはずがない。と、小生には思われるので、余計に現在の状況が不思議なのだ。

日本の現代社会のこんな様子では、アニメ『ルパン三世』なら喜んで観るのだろうが、現実にアルセーヌ・ルパンが出現して高価な宝石や名画を相次いで富裕層から盗み取っていけば、日本では単なる犯罪者。それこそ「反社会的人物」としてただただ糾弾されるだけの存在にしかなりえないであろう。盗賊・鼠小僧次郎吉に拍手喝采した江戸の町人のほうがまだ自然な人間味をもっていたと感じるのは小生だけだろうか。

現代の日本社会は、どこか底が浅く、奥行きのない貧しさを抱えている。人々の心も余裕と潤いを無くし杓子定規になって荒んでいる。誰もがたった一つの視点から狭い視野でしか世間をみない。融通もなく機知もなく寛容もない。どうもそんな気がするのだ、な。

小生は『悪いものはただただ悪く、善いことは善いのだ』という思想ほど人を不幸にするものはないと考えている。これは最近の分だけでなく、以前から何度か投稿している。

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