まあ、いずれの予想が的中するか、である。
それはともかく、パッとみた瞬間に『理屈に合わねえなあ』というのが一つ:
新型コロナは8割が無症状か軽症。残り2割が重症化し、そのうち全体の5パーセントは重篤化する。そんな要約が以前から報道されている。
ところが現場の医師の印象では
『重症化とは人工呼吸器を装着しなければ自発呼吸ができなくなる段階を言います』
『一度、重症化して人工呼吸器をつけてしまうと、かなりの人は戻ってこない』
『人工呼吸器でも無理でECMOを使う段階になればほぼ確実に死に至る』こんな印象を語る医師が相当数いるようだ。
感染者数を分母とする新型コロナの致死率はWHOによれば本日現在で5.6パーセント前後である。ダッシュボードから日本の致死率をみると2パーセントであることが分かる。
もしも一度重症化したらまず助からないというのであれば、軽症率が8割だから致死率は2割前後になっていなければおかしい。しかし、現時点の致死率は日本で2パーセントであって、「いったん重症化するとまず助からない」という現場の印象と大きく異なる。
これはパラドックスだと思った。
***
この食い違いを理解するのに必要な情報は遷移確率である。
つまり例えば1週間単位で把握される以下のようなマルコフ行列である。
軽症 | 重症 | 死亡 | |
---|---|---|---|
軽症 | 0.8? | 0.2? | 0 |
重症 | 0.2? | 0.2? | 0.6? |
死亡 | 0 | 0 | 1 |
表の読み方だが、第1行では軽症者が次期に軽症のままでいる確率を8割、重症化する確率が2割としている。軽症者が次期に死亡する確率はゼロである。
ところが、いったん重症化するとまず助からないという現場の印象もある。これを2行目の遷移確率(数字例)で表している。重症化しても次期には軽症となりうるので、その確率を2割と置いている。重症患者が次期に重症のままである確率が0.2、死亡する確率を0.6と置いている。
実は、上のような状態遷移は吸収的(アブソープティブ:absorptive)である。言うまでもなく「死亡」が状態の中の「吸収壁」である。吸収的マルコフ過程では、軽症者もいずれは重症化し、最終的には全員が死亡してしまうと結論される。故に、感染者数を抑制するしか打つ手はない。
にも拘わらず、軽症者がその時点における全感染者数の8割を占めるというのは、新規感染者が感染者として加わり、新規感染者の症状はほとんど軽症である(だろう)からだ。
こう考えると、いったん重症化すればほぼ助からないという現場の感覚と全体の8割は軽症であるというデータとが矛盾しない。致死率のデータは5パーセント程度であるにもかかわらず、心の中ではいずれは重症化してそのまま死に至るのではないかという恐怖がある。その怖さはこの点に由来する。強い感染力が真のリスクを覆い隠しているという見方である。
が、以上の議論は退院(≒治癒)もまた多数発生しているという事実と明らかに矛盾する。もう一つの状態として「治癒」を追加して、4行4列のマルコフ行列にしなければならないわけである。
さらに考えると、軽症から治癒すると免疫ができ二度目の感染はない。そうすると、吸収壁は二つあることになる。状態としては「無感染」、「治癒」の二つを追加して、5行5列の遷移行列にすれば完璧だと思われる。
「無感染」から「軽症」への遷移確率は「感染率」に他ならない。
医療現場では遷移行列がそろそろ数値化されてきていると思われる。そうすれば、新型コロナ感染による最終的な感染率、治癒率と死亡率がどの程度の値に収束するか、また重症者数の推移がシミュレートできるだろう。
実際、Google Scholarで"covid-19 markov process"を検索してみると、SIRモデルとマルコフ過程との併せ技が幾つか論文として公表されていることに気がつく。遷移確率が感染状況によって変化するいわゆる「隠れマルコフモデル」である。
本日の投稿で書いた問題意識をズバリまとめると、
退院者数が増えているが、軽症のまま退院に至った人と、一度は重症化した後に軽症・退院という経路をたどった人と、この内訳を確認できるデータがあれば相当のことが分かってくる。それぞれの経路の平均的な経過日数が分かればもっと分かる。そういうことである。
上に書いたことは、今後は重症者の治療に重点を置き、軽症者は自宅ないし施設で経過観察するという新たな治療方針には、ほとんど意味がないという主旨ではない(念のため)。
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