2020年4月9日木曜日

一言メモ: これも極端な意見だネエ・・最近は「過激派志士」が横行しているようで

こんな見立てがネットには登場した:

小池都知事が訴えた「三密」に続いて、政府の感染症専門家集団を仕切っているN教授が提唱した「人との接触8割削減」のことである。

例えば、
しかし、非常事態宣言によって経済は停滞し、財政赤字は膨張し、失業者が増大し、数多くの人々が経済的苦境を経験する。政治家なら、「まあ、1人でも感染者が減ればそれでいいじゃないか」という態度はとれない。巨大な「責任」を背負うのだ。政治家に影響を与えた「専門家」も、当然、「責任」を負うと考えるべきだろう。
われわれ社会科学者は、通常、自分の発言には社会的責任がある、と考える。明言したことが事実と異なれば、社会的責任を負う。あるいは、わからないことをわからないと言い、推測であれば推測でしかないことがわかるように言う責任を負っている、と考える。
「専門家」の予測にも当然責任がある。まして自ら積極的にマスコミ・SNS・政治家に働きかけたというような経緯があったのならば、なおさらだ。
URL: http://agora-web.jp/archives/2045340.html

小生は数日前にこんな投稿をしているので、基本的には総理大臣に対して「専門家の意見に従っているのか」と詰問する姿勢には反対だ。専門家が社会を動かすという状態にも反対である。

権力行使の責任が最高責任者にある以上、専門家は最後の意思決定に関与するべきではない。専門家の意見具申を採用するのも却下するのも権限ある責任者の意思による。専門家が結託して、思い通りに行動しないトップを交替させようとしたり、部内を扇動したりする越権行為は厳しく処罰するべきだ、と。そう思っている。

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一方、専門家の意見を斟酌して決定をした結果については、権限をもつ最高責任者が責任をとるべきである。意見を具申した専門家には結果に対する責任はないし、追求するべきでもない、と。専門家は質問に対して言うべき事を言うだけである。そう思う。

ずっと昔、小役人をしていた時分、その組織のトップが『専門家が理論的に最も適切であると思われる政策を立案しても、国民がその政策を容認しないなら、その政策は実行できないのだ。それが民主主義というものだ』と。この話は本ブログでも何度か書いている。当時は、何をバカなことを言うかと思ったものだが、今ではその意味を噛みしめているところだ。最後の意思決定の責任と権限は行政のトップにある、というより国権を代表する国会の両議院にあるというべきだろう。民主主義社会であれば有権者たる国民が自らの投票行為の結果に集団的責任を負担する筋合いにある。政治家が諮問する専門家は要請に基づいて自らが信じる学理上の意見を述べるに過ぎない。解説せよと依頼されれば、頼まれるままに自身の学問に基づいて考察と提案を語るだけである。

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自然科学も社会科学もそうだが、全ての学問はそれ自体として存在意義があると思う。と同時に、社会のために貢献できることがあれば科学的立場から提案や意見を具申出来るかもしれない。「かもしれない」なのである。政治家は、「使える学者」を自分の政治資源として「利用する」かもしれない。それもまた「政治」であって、使われた学者の側に政治家がもたらした結果の責任を求めるのは、筋違いであり非条理であろう。

幕末、長州藩・長井雅楽は公武一和を理念とする「航海遠略策」を藩主に建白した。戦略的開国論である。時に文久元年(1861年)。長井の提案は公武合体策をすすめる幕府にも高く評価され一躍「時の人」となった。ところが坂下門外の変で老中・安藤信正が失脚し、長州藩もまた過激派志士が主導権を握る中で、長井は尊王攘夷派によって排斥され、ついに「朝廷をも惑わす説を述べた」かどを咎められて切腹を命じられた。長井は「わけが分からぬ」と言いつつ、『ぬれ衣のかかるうき身は数ならで唯思はるる国の行く末』という辞世の歌を遺して逝った。

権力は政治家がもつ。故に、政治家は動機の善悪ではなく、結果の善悪で評価されるべきだ。しかし、専門家は善意の動機によって評価されなければならない。結果からは免責されるべきである。

1941年の真珠湾奇襲作戦の全ての責任は司令長官であった山本五十六にあるのであって、作戦を立案した参謀・黒島亀人にはない。誰もがそう思っている現在の状況は実に理に適っており、落ち着くべき認識に落ち着いたと言うべきだろう。もちろん、ここでいう作戦とは「実行可能な作戦」のことを言うのである。

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