岸田新内閣の理念『新しい資本主義』が不評である。
現時点においてベストの政策かどうかには議論の余地があるが、決して悪くはない、中々イイ線を行っているのではないかと小生は思う。
安倍内閣が新自由主義的な経済政策を推し進め、そのために安倍・菅政権9年間で所得分配の不平等度が大いに上昇したという指摘は、前稿でも記したように、単なる思い込みであって、データと合致しない認識だ。
世評とは異なり、安倍内閣が実際に実行したことは、新自由主義とは矛盾した様々な規制の温存であって、結果としては「相対的貧困率」で測った所得格差は、むしろそれまでの上昇から転じて低下へと向かってきている。
ただ、そうだとしても、日本の経済格差が他のOECD加盟国と比較して相当ひどい状況になっていることは事実である。この日本で「新自由主義」に基づいた経済政策が真の意味で推進されてきたという言い方が的を射たものであるのかどうかは、《労働市場の硬直性》をみるだけでも、小生には大いに異論があるのだが、いまや《分配の不平等》が解決するべき問題として実存するという認識は間違ってはいない。その通りだ。例えばの資料として(やや古いが)以下を引用しておく:
URL:https://www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/h23honpenhtml/html/zuhyo/hyo1202.html
日本の格差拡大は、確かに相当酷いものがあると言わなければなるまい。もはや「一億総中流社会」という言葉は死語であって、そんな時代がかつてあったというのは、「闇市」や「狂乱物価」と同じく「歴史上の事実」となり、記憶の中にしか存在しない。不平等度が日本でも上昇へと転換したのが欧米諸国と同じく1980年代半ば、ということは既に40年近きに及んで経済格差は拡大を続けてきたわけである。その間、日本の主問題は平等よりは、むしろ成長を取り戻すことであった。その成長には欠かせない決め手を断行することに日本は余りにも臆病であった。こうなってしまったのは「むべなるかな」である。
他方、野党が言うように、安倍内閣の経済政策でもたらされた結果は(単なる?)株価の上昇であって、それは資産格差をますます拡大させるもので、不平等を一層加速させるものであった、という言い方は経済理論としてはおかしい。
アベノミクスは、要するに低金利政策、というよりゼロ金利政策の継続だった。金利を引き下げれば資産収益に変化がなくとも全ての資産価格は上昇する理屈だ。故に所得分配には何も変化がなくとも、ゼロ金利を維持すれば資産評価額は上昇し、資産分配の格差は拡大する。
そもそも低金利政策は、ビジネス継続や起業にとっては優しく、住宅取得や教育支出を支援する。反対に、「高等遊民」というか金利生活者にとっては決して有難くはない政策なのである ― たしかに上昇した株を売却すれば譲渡益は生じるが、売却した時点で金利・配当収入はゼロになるのだ。所得を得ようとして再投資をするなら、高騰した資産を買い直すことになる。株価も地価も上がっているのだ。実質的なメリットは実は大きくはない。低金利による株価上昇をもって、富裕階層が利益を得て格差が拡大したと説明するのは『車が坂をのぼるとき、後席に座っている人が前席の人より頭が低くなって、前方を見づらくなる』という苦情と似ている。
この辺のことはKrugmanもNew York Timesに書いている。
安倍政権下の低金利は確かに株価上昇をもたらしたが、拡大した経済格差は株価上昇ではなく、株式配当・譲渡益の(一律)20%分離課税によって税負担率に天井が形成されるという税制上の不備からもたらされた所が大きい。岸田内閣は(安倍・菅内閣とは違って)この点にも目を向けている。「すぐには手をつけない」と語っているそうだが、さすがに財務省との縁が濃い宏池会の内閣だ ― むしろ税制上保護されている高所得層の税負担率を上げる仕事は、それこそリベラル系野党の仕事であるはずだが、日本では不思議なことに自民党の政治家がこれを実行したいと語っている、まるで野党は要らないと言いたげでもある。いずれにしても、こうした点も含めて、岸田内閣の経済政策は中々良いのではないかと(小生は)思っている。
経済政策がもたらす結果は印象論ではなかなか把握できないものだ。
「中流社会日本」が日本の強みであると意識してきたからこそ、平等を守ろうとして、成長を犠牲にした。そのしわ寄せが非正規就業者層に集中してしまい、平等は正規社員内部での平等へと退廃してしまった。いま「不平等社会日本」が紛れもない現実の日本であると自覚すれば、その時には平等には目をつぶってでも成長を心底から願望するであろう。成長を真に求めるからこそ、トリクルダウンも底上げも実現できる理屈だ。
小生のホンネはこんな感覚なのだが、まだまだ、日本国民の総意としては「中流社会日本」を取り戻すことであるようだ。その意味では、岸田内閣の政策理念は間違いではないと思う。
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