今日の投稿は岸田新内閣発足をきっかけにした経済テーマ3連発の最終回になる。
アベノミクスをどう観てきたかについては前々稿に書いている:
小生はアベノミクスは失敗だと考えている。それは、格差拡大を放置したから、という野党が掲げる理由からではない。そうではなく、
安倍政権は多くの規制を温存し、ニュービジネス成長の機会を奪ってきた
多くの規制を温存したのは自民党の《党益》の基盤であるからだ。
いわゆる《岩盤規制》には<特区>で形だけを整え、肝心要の労働市場改革は政府主導の賃上げ要請でその場しのぎを続けてきたわけで、アベノミクスの成長戦略については「論評に値せず」というのが小生の感覚だ。 それでも株価は好調であった。それは「アベノミクス=超低金利政策」であり、
海外でビジネスをする企業は利益を増やせる
一口で言えば、そんな構造を国内では定着させてきたからだ。高生産性の製造業は海外に流出し、低生産性の第3次産業が国内に残る以上、日本全体の労働生産性が停滞し、そのため実質賃金も低下し、流動化を免れた正規社員の処遇が守られる一方で、非正規就業者に経済的低迷がしわ寄せされてしまったのは当然の理屈である。
ごく最近年になって日本の農業が輸出産業として脚光を浴び始めているのは、新産業の成長が阻害されていることで製造業の主力が従来製品の国際競争力を維持するため海外へ移転し、残った国内製造業の平均生産性が低下した。その裏返しで、農業が結果として比較優位を強めたということであって、この二つのプロセスは表裏一体のロジックにある。この辺の理屈については、ずいぶん以前にも投稿したことがある。
要するに、日本では成長の停滞と分配の不平等がシンクロして進行してきたということなので、成長戦略に手をつけないまま、分配の公平を実現しようとしても、それは「みんな平等に貧しさを」という戦略にならざるをえないのだ、な。『新自由主義によって格差が拡大した』という野党と一部マスコミの主張が真実ならまだマシというものなのだ。海外では確かにそうも言えるが、この日本についてはそうは言えない。そう認識する方が本質に近い。
最近10年間程度の国内経済を小生はこう観てきたのだが、Wall Street Journalは少し違うようだ。
先週、岸田氏が安倍晋三元首相の成長促進政策の一部を撤回する可能性を示唆し、市場は大きく反応したが、その理由は容易に想像がつく。安倍氏が2012年に首相に就任し、財政出動、金融緩和、構造改革を3本柱とする「アベノミクス」を打ち出して以来、日本の株式市場はアジアで最高のパフォーマンスを上げてきた。1株利益(EPS)の増加がけん引役となり、TOPIXは2倍超に上昇した。外国人株主の比率も2012年の26.3%から拡大し、今年は30.2%に達している。これは、コーポレートガバナンス(企業統治)改善の兆しと、投資家に優しい規制環境が後押しした結果だ。
Source:Wall Street Journal(日本語版)、2021 年 10 月 12 日 01:52 JST
確かにアベノミクスは、財政出動、金融緩和、構造改革の3本柱で成り立っていた。しかし、現実には「財政出動+金融緩和+構造改革」ではなく、「財政出動 or 金融緩和 or 構造改革」であり、結果としては「金融緩和」のみであったのが実態だろう。そうすれば、企業は儲かるに決まっている理屈で、WSJの認識に間違いはない。しかし、企業利益の源泉のより多くは海外であって、日本国内の生産性は低迷した。それでも完全雇用を達成したのは、低い賃金と低生産性のサービス産業がヒトを吸収したからである。雇用者数が増えても、生産性は低迷し、賃金は増えないために、共稼ぎを余儀なくされ、夫婦二人が働いてやっと生活ができる。そんな国民生活が広まった。これでは、生活水準がまだ低かった昭和30年代のほうが、まだしもみな幸福であったに違いないと小生は思うが、違うだろうか?
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ただ、Wall Street Journalの次の下りには賛成だ。
格差の拡大に目を向けることは重要だが、高齢化が進み、何十年にもわたって成長が鈍化している日本では、成長と生産性の向上に重点を置くべきだ。日本企業は2兆ドル(約226兆5200億円)の手元資金を抱えているが、これは新型コロナウイルス感染拡大が始まって以来、さらに膨張している。
競争とガバナンスを強化し、より生産性の高い投資を奨励する政策は、企業に賃金引き上げを強要したり、先進7カ国(G7)の基準では既に富の分配が比較的平たんになっている国で直接的に再分配しようとしたりするよりも、おそらく労働者を助ける効果が高いだろう。
しかしながら、前々稿とは事実認識がやや異なっている。寄り道になるが、この点を補足しておきたい。
先進7カ国(G7)の基準では既に富の分配が比較的平たんになっている国
これはつまり日本のことであるが、WSJは以下のように認識している:
国内総生産(GDP)に占める雇用者報酬の割合は、2019年には56%となり、2000年代前半のどん底からはわずかに上昇したものの、1990年代後半の約60%は大きく下回る。こうした低下傾向は、中国や米国など多くの他国でも観察されている。だが経済協力開発機構(OECD)によると、日本の所得格差を示すジニ係数は、2018年には0.334と、米国や英国などに比べはるかに低水準にとどまっている。
労働分配率は世界的に低下傾向にある。この中で<相対的貧困率>という尺度では日本の不平等は世界の中でも憂うべき状況にある。しかし、WSJは<ジニ係数>をみている。このジニ係数では、日本の不平等状態はまだマシだ、と。しかも、社会保障給付などによる再分配後の所得で見ると、日本のジニ係数は最近15年間を通して低下トレンドにあり、平等化してきている。どうやら、この辺の事実に着目しているようだ。
少し時点は遡るが、日本のジニ係数を国際比較した資料もある:
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コロナ感染対策の国際比較を行っても明瞭な違いが視られるが、やはり近年の日本人の最大の弱点は《過剰なリスク回避》に陥っている点だろう。
ことビジネスに関する限り、中国、韓国、欧米、インド、その他の諸外国が、アグレッシブでシェア略奪的な拡大投資戦略に打って出る、つまり経営戦略で言う《Top-Dog Strategy(勝ち犬戦略)》で攻勢に出てきた時、その標的になった日本は、身を切って応戦するだけのコミットメントを出さず、<懸命>ではなく、ある意味で<賢明>であろうとし、戦略的代替関係のセオリー通りに競争を避け、戦いを避け、むしろ競争のないオンリーワンであろうとし、高付加価値少量生産を志向するリスク回避戦略を(例外的起業家はいたものの)大勢としてはとってきた。 日本企業に目立つこんな<リスク回避戦略>を一貫して採用することによって、日本国内の創造的破壊が鈍り、その反対側で海外のライバルがどれほど日本企業の基本戦略を好機として、拡大投資を加速し、市場を奪い、最近20余年ほどの間に日本がどれほどの経済的損失を招いてきたか、もう計り知れないだろう。
であるので、
より生産性の高い投資を奨励する政策
この方向は、現時点において《最良の経済政策》であるのは間違いなく、この点ではWSJの課題認識に大賛成なのだが、この9年間(=8+1)のアベノミクス下でも国内投資に臆病であった日本企業が、岸田内閣に変わったからといって、そんな積極的投資に方向転換するはずがない、と。小生にはそう思われるのだ、な。昨日まで臆病であった慎重居士が、担任の先生が変わった途端に、積極果敢なリーダーになれるとは思えない。
ところが足元の情勢をみると、対中国関係の悪化による国際環境上のリスクが高まりつつある。加えるに、岸田政権になって日本国内の最低賃金が引上げられる可能性も高まる。どうやら石橋を叩いても渡らない臆病な日本企業であっても、生産拠点の国内回帰、効率化投資の実行、労働生産性上昇の三つを実現することに(ようやく)本気になるのではないだろうか。そんな見通しが出てきた。
ポスト・アベノミクスは、米中対立の継続、日中関係の悪化、日韓関係の悪化、軍事リスクの高まりという国際環境の変化の中で、高生産性分野の海外流出に潮目の変化が生じ、それと合わせて国内の賃金引き上げが進み、それによって労働節約的なAI、ICT投資が加速する。そうして職場の効率性が向上し、労働生産性が上がり、賃金上昇のトレンドが定着する。これが今後しばらくの基本的なロジックだと考えている。経済成長はすべて賃金の上昇につながらなければ息切れするものである。
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