IMFによる日本経済審査が終了し、日本の長期的な経済成長についてこんな提案を示したとの報道だ。主な部分を抜粋して引用しておく:
それによりますと、日本経済の現状について、政府による経済政策の支援により「パンデミックから回復しつつある」とし、落ち込んでいた個人消費や投資が持ち直して、ことしは2年連続のプラス成長となる見込みだとしています。
ただ、足元でオミクロン株の感染が急拡大していることを踏まえて、個人消費への影響など、不確実性が経済の下振れリスクになるという懸念を示しました。
一方、今後の持続可能な成長に向けて、GDP=国内総生産の2倍以上に膨らむ債務残高を減らし財政健全化に取り組むとともに、女性や高齢者が働きやすい環境整備を進め、人手不足の分野で外国人労働者の受け入れを進めるべきだなどとしています。
IMFのオッドパー・ブレックアジア太平洋局副局長は、オンラインの会見で「短期的には新型コロナからの回復に向けた政策を維持すべきだが、その後は、信頼のおける財政再建の戦略を講じ、労働供給の強化や生産性向上を進めていくべきだ」と述べました。
URL: https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220128/k10013454111000.html
Source: NHK NEWS WEB, 2022年1月28日 12時14分
足元ではオミクロン株の感染拡大による(日本では特に自粛による消費需要停滞など需要低下を想定したのか?)一時的な下振れリスクを指摘しているが、今後の長期的成長では提案のいずれも総需要創出に沿った内容ではない点が勘所だ。いずれも供給側(及び財政)、つまり商品、サービスを生産、提供する生産主体の改善を指摘している。
先日の投稿にも書いたが、こと日本経済の長期的成長に関する限り、どの経済専門家がみても概ね同じことを言うはずである。
面白いのは、TVのニュース解説では大体が、
賃金引き上げの重要性
ここに力点を置いて解説していたことだ ― というより、IMF提案という固い話題をTVでとりあげることに驚いたのだが。まあ、どう受け取ったのかはともかく、「いいとこどり」でありますナア・・・出演していたレギュラー・コメンテーターが話すには、消費需要を高めるには賃金を引き上げることが必要で、それによって需要増加→成長→需要増加の好循環を実現できる、と。なにやら、何十年か昔に大学学部のマクロ経済学で習った素朴なケインズ経済学を思い出してしまった次第。
ケインズは確かに『一般理論(=雇用、利子および貨幣の一般理論)』を世に著したが、この「一般」は日常会話で使う「一般」という言葉とは意味が違う。高い失業率が持続する現象を説明できない従来型の経済理論よりは「一般性」をもつ理論であるという意味で使われているに過ぎない。ここ日本経済においては失業のために経済停滞が起きているわけではない。ケインズ経済学を使ったからといって長期成長戦略に役立つわけではない。「いつでも一般的に」使える一般理論ではないのだ。
ワイドショーの「分かりやすい解説」に一言、留意点を付け加えるとすると、ただ単に賃金を引き上げれば確かに労働分配率(=労働所得÷国民所得)は上がる。そうすれば消費需要は刺激される。しかし、労働所得が増えたぶん資本所得が減って企業経営を圧迫する。それによって労働需要は低下し、雇用状況はかえって悪化するだろう。設備投資も増えるはずがない。投資が停滞すれば、技術進歩も停滞し、ますます日本の労働生産性は海外に比べて劣化することになる。
なにもしなければ、マルクスも言ったように、賃金と利潤はゼロサムゲームの対象だ。韓国の文在寅政権が断行した最低賃金引き上げ路線がこれにあたる。韓国の政策は一種のギャンブル、経済オンチの政治家による挑戦でもあったが、同じことをして失敗すれば単なる「バカ」だと世界からは視られるに違いない。
企業利益を確保しながら賃金を上げるには、一定の資本と労働を投入した結果であるアウトプット、つまり付加価値合計であるGDPを技術水準を上げることで増やさなければならない。これが生産性上昇であり、経済成長をもたらす主たる因子である。
引用部分の中に太字で示しているように、IMF提案のポイント
労働供給の強化と生産性向上
は、正にこのことであって、経済成長のための条件をまとめているに過ぎないとも言える。
一人一人のスキルをレベルアップし、必要な新規設備投資を加速し労働生産性を引き上げることが、提案の本質だ。そうすれば、事後的な結果として自然に賃金は上がる。
そうなるような仕掛けを作ることが今の政府に与えられた課題なのであって、真っ当な経済専門家なら同じことを、ただ一言、言うはずだ。そのための政策メニューなら税制、規制緩和、戦略特区、etc....多数ある。マスコミは数多くの質問をして『もっと詳しく』などと語らせるから、細部に注意が移り、要は同じ主旨であることが周囲には分からなくなってしまうのだ。『まったく細かくて下らないことに時間をかけて話すばかりで、大事なことは何も伝えていないのが、いまの日本のマスコミだネエ』と、その情報伝達の低生産性ぶりには情けなくなる。
経済政策の目標設定なら、たった一つ。もう専門家の合意は出来ている。
小生はそう観ているところだ。
引き上げに努力するべきは《生産性》であって《賃金》ではない。賃金を引き上げさえすれば良い結果が後からついてくるなら、とっくの昔に賃金は引き上げられている理屈だ。日本経済の現場はそれほど愚かではない。