2022年7月14日木曜日

ホンノ一言: 不良債権と福一原発事故、10年ほどが経って一つの節目を迎えたか

長期間ブログを書き続けていると、ずっと以前に書いたことを撤回せざるを得なくなる場合も出てくる。先日もそんな例が一つ出たが、また一つ撤回することになった。

日経でも報道しているが、東電株主代表訴訟で地裁判決が出た:

東京電力福島第1原子力発電所事故の株主代表訴訟で、東京地裁判決は13日、東電旧経営陣に13兆円余りの賠償を命じた。原発事故の責任追及を巡る様々な民事裁判が起きる中、国の責任を否定し、東電側に全責任を負わせる司法判断が確立しつつある。巨額の賠償命令は全額の支払いが現実的に困難といえ、事業者が責任を負う原子力損害賠償法(原賠法)のあり方に議論が及ぶ可能性もある。

Source: 日本経済新聞、2022年7月13日 21:41 (2022年7月14日 5:21更新)

経営者がいったん経営判断を誤れば、損賠賠償額は少し以前の何10億円から遂に何兆円というオーダーに増えてしまったわけだ。

まだ一審であるからどう確定するかは不透明だ。が、どうやら今回の判決を書いた裁判官は司法界の中でも一流の人材であるようでもあり、判決文のレベルを考慮すると今後の控訴審(そして上告審)で一審判決が根本的に覆る可能性は低いのではないか。国民一般の視線を考慮しても、裁判所は一審判決を基本とするのではないか。そんな予想を勝手にしているところだ。

ずっと以前になるが、こんな投稿をしたことがある:

福島第一原発事故とバブル処理と、どちらが大きな問題であるか。意味のない問いかけだが、どちらも日常の経営活動で恒常的に発生するマネジメントの範囲には入らない。どんな大事件にもあることだが、ちょっとしたチョンボや思い込みが重大な結果を招いてしまった、そんな側面も共通しているようだ。どちらも特異かつ例外的なスケールをもつ。経済史年表にも記載されることは間違いない大事件である。

それにしては、原発事故とその後の東電処理は外から見ていると「甘々の処分」でお茶を濁している、というイメージを拭きれない。

 確かにバブル期からバブル崩壊期にかけての金融機関の経営判断はその不健全ぶりを責めるに値するものがあった。そして、厳しい責任追及の中で自ら命を絶つ最高経営責任者もあった。上の投稿は、「それに比べて・・・」という主旨だった。

上の投稿で書いた内容は、今回の東電判決が出たいま、撤回しなければならなくなった。ずいぶん時間がかかったものだと言う人も多かろうが、不良債権の時も実際に不動産バブルに踊り巨額の不健全融資を続けていた1980年代後半から法の裁きを受ける90年代末まで時間的には足掛け10年がかかっている。

そろそろ福一原発事故も《裁きのとき》がやって来たということなのだろう。そう思いながらニュースを聴いていた。

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