2022年9月26日月曜日

ホンノ一言: 「勉強」と「常識」と・・・改めて必要性が感じられるのだが

安倍元首相という強い政治的影響力のある政治家が銃撃によって暗殺されるという事件が今の日本社会に与えた衝撃は大きい。その背景に「旧統一教会」というずっと以前から警戒感や異和感を持たれていた宗教教団がいることが犯人の供述から判明したものだから、この2か月余りの期間、日本社会ではずっと「宗教と政治」、「宗教と社会」を主題にした議論が繰り広げられてきた。いずれも戦後日本社会にとっては憲法とも関連する基本的な問題である。

更に、暗殺された安倍元首相を閣議決定によって国葬に付することが決まってからは、その適法性、是非などをめぐって、これまた社会的激論の最中にある。

世論調査によれば国葬に反対する回答者の割合が過半数を優に超えている。憶測だが、この「反対」は「賛成できない」という意味での反対ではないだろうか。賛成はできないのだが、かと言って現時点で国葬中止を決めて、内外に通知するという措置は<恥の上塗り>と言うもので、中止には反対である・・・と。このような

国葬の決定には反対だが、今に至っては挙行せざるを得ない

という意見の人は、案外、多いのではないかと予想している。

このように、「国葬」をきっかけにして、「主権」や「国権」、「国と社会」、「国会と内閣」等々、中学校や高校で学ぶ公民の授業に遡るような問題が、今どんどんと提起されているのが現状だ。多くの日本人は公民や、昔は「政治・経済」という授業であったはずだが、勉強した事柄はほとんど忘れているはずだ。だから、今回のような問題に対して、賛否を聞かれても

激論になっている以上、それを無理押しするのは適切ではない

と・・・、マア、悪く言えば日本的な<事なかれ主義>を願う日本人は多いのだと思う。

しかし、これまでにも時代の変わり目は何度もあったように

時代の変化は世間の常識には忖度してくれない

変化する時代に本筋の解を見出しうるかどうかは、変化の本質を洞察する智慧にかかるわけだが、その洞察力の土台には知識があり、それには学問が要る。つまり、勉強をどれだけしてきたか。この点が決定的であって、そんな人材が社会の草の根レベルにどれだけの数でいるか。結局はその社会の教育レベルに帰着されてしまう話しだと思っている。

明治維新という明らかな「革命」がアジアの片隅で成功した背景として、当時の日本社会に普及していた学問と教育を挙げる人は既に多数派である。島崎藤村『夜明け前』には、幕末という時代の庶民に広く浸透していた勉強好きな気質が、明の部分、暗の部分、双方を含めてよく描かれている。

面白い記事が毎日新聞にある。メールで通知されてきた。有料読者でないので一部だけだが、こんな文章で始まっている:

現在の日本の代表民主制は、一般国民より上位の存在としての権力者を持つものではなく、あくまで行政権を担う代理人、いわば国民のための「管理人」として首相を選んでいる。仮に首相にどんな功績があっても、一般国民を超越した上位の存在を悼むかのような形式で国葬を実施するのは、代表民主制という政治体制についての誤解を国民に広める危険がある。それが今回の論争の一番の問題点だ。安倍晋三元首相の葬儀は、国葬とは別のやり方で実施すべきだろう。

 吉田茂元首相の国葬の時も、法的な措置ができなかったり、相当な反対があったりした。国民主権を前提にした国葬を実施するのは現行憲法では難しいためだ。

 諸外国の対応はさまざまだ。米国の大統領は、政治権力も持つが、国民統合の象徴のような性格もあり、そういう人を国葬にするのは考え方としてありうる。フランスではシャンソン歌手や芸術家など、国の文化の発展に貢献した人を国葬にするケースもある。日本の場合、かつての天皇主権のもとでの国葬との連続性を意識せざるを得ないのがポイントだ。

Source:毎日新聞「政治プレミア」 、2022年9月22日

Author:杉田敦・法政大学教授

大多数の日本人の政治感覚、社会感覚はこんなところではないかと予想する。実際、本ブログでも以前にこんな感想を投稿している:

簡単にいえば、

これが岸田首相の政治のやり方である

異論を出すなら反主流派、賛同するなら主流派。そういうことだと思う。マ、言葉の意味だけから考えれば、「国葬」の意志決定ができるのは国家元首以外にはないはずだ、とも思われるのだが、そこはコロナ対応でも明らかになったように、法的筋論には緩い日本ならではの<融通がきく>という長所でもあるわけで。全ての性質についてアリストテレスが<中庸の徳>として強調したように、ルーズでイイ加減であるという短所の裏面にはフレキシブルであるという長所がある。

国葬決定は法的筋論の観点からは非常に「イイ加減」であった。しかし、思うにコロナ対応でも、学校不祥事への対応においても、「運用」においてはイイ加減であると同時に、「適用」においては非常に杓子定規だ。だから、形式的には合法だが、空気に流されて実質的には失敗する事態が多く発生する。その意味では、岸田首相が「まあ行けるだろう」と、イイ加減な判断でしくじったのは、案外、日本人が犯しがちな失敗の一例ではないかとも思ったりする。

やはり岸田首相は今回の「国葬決定」でしくじったのだと思う。進めようによっては日本国民は納得していたと思っている。そんな融通の利くところが日本社会の長所だと(小生はずっと昔から)思っている。ところが岸田首相は失敗した。それ以上でも以下でもない。例えば、入試で失敗する、書類の記入を間違える、というのと似ている。(多分)緻密さが欠けているためじゃあないかという印象だ。

一番上に引用した毎日新聞の記事であるが、「国葬」を論じる評論であるにもかかわらず、「国家元首」という言葉が(読んだ範囲に限ってではあるが)登場していない。

確かに記事にあるように、戦前の日本は天皇に統治大権がある建付けであって、天皇は勅令を発することが可能だった — 緊急時においては法に代わる緊急勅令もありえた。しかし、だからと言って、戦前期の日本が民主主義ではなかったと断言する法学者はいないはずである ― もしいればその人は特定のドグマに支配されているのだろう。戦前の憲法下、天皇は内閣の大臣の意見を尊重しなければならなかった。内閣を抑えて天皇の意志を通すことは憲法上できなかった — だからこそ対米戦争も起きてしまった。予算には議会の承認が必要だった。普通選挙も戦前期に導入された。天皇は首相を自分の裁量で任命できたが、議会の勢力分布を無視して、首相が行政を進めることは不可能だった。日中戦争、太平洋戦争という失敗は、戦前の日本が非民主主義国であったからではない。山縣有朋が早くも西南戦争後の明治11年に起きた「竹橋事件」で将来を懸念したように陸軍の制御に失敗したからだ。陸軍の暴走は民主主義であっても起こりうる失敗である。民主主義だから大丈夫であるという論拠はない。

ま、それはともかく。

非民主主義的な戦前期・日本では国葬が法的に可能だったが、戦後は民主主義に移行し、それに伴って勅令「国葬令」も廃止されたので、国葬を法的に根拠づけるのは法理として不可能である、というのは非論理的である。民主主義国であっても「国葬」が可能であるのは世界をみても自明である。

にもかかわらず、「国葬」をめぐって、現在のような混迷に陥っているのは、「国権」や「国家元首」について、日本人も日本政府も、自覚が形成されていないからだろう。「国の意志」とは何かが分からなくなっているのだ。まったく、・・・これでは自衛戦争一つ出来ない理屈だ。大体、自分が勤務している会社の意志が何かが分からない会社員がいたとすれば、会社員としてはどこかが抜けているとバカにされても仕方がない。会社の意志が不明確なら契約一つできないわけだ。

国家元首は、英語で言えば

Monarch(=君主)であるか、President(=大統領)であるかのいずれかだ

日本は議院内閣制で共和制ではない。故に、首相は国家元首ではない。首相は天皇によって任命され、天皇を任命する人はいない。である以上、日本の国家元首は天皇であるというのは、事実から明らかだ。

国会は国権の最高機関であると明記されているのは、国会の意志は(内閣の助言によるにせよ)天皇の意志を超えるという意味で、これは『君臨すれども統治せず』という英国の体制と同じ主旨である。具体的に言えば、その時代その時代で自衛権を国権として認めるにせよ、認めないにせよ、天皇が軍を統帥するにせよ、しないにせよ、天皇の権限より議会の意志が優越するという規定であって、ここに戦前期の失敗に対する痛切な反省が込められている。そう読むのが自然でありんしょう、とずっと昔から考えているが、なぜか賛成する友人は少ない・・・。不思議だ。

つまり国事行為を行う以上、天皇も国権の一つを担うわけで、天皇国家機関説と同じ流れにある。小生は、(法律は専門外ながら)これが常識だと理解している。

天皇が行う国事行為は憲法第7条に列挙されていて、その十号に

儀式を行うこと

がある。内閣府が所管している云々は事務的な管轄であるに過ぎないと思われる。

その儀式に「国葬」を含めるという拡大解釈は、自民党政権なら18番の大得意だろう。なぜそれを思いつかなかったのか、小生には分からない。多分、岸田さんは安倍さんとは発想が違うのだろう。

もちろん国会が最高機関である以上、国会が反対する国葬は実行不可能である。が、議会多数派が内閣を構成している以上、国会が内閣の意向に反対するはずはないわけだ。ただ、反対される可能性はないのではあるが、理屈としてはある。ロジックだけの綾ではあるが、微妙なところだ。だからこそ、国会の判断はどうか岸田内閣は協議するべきであった、というのが小生の観方だ。ここを省略した。首相はモノグサであったヨネ、この一言になるのではないか。

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