今年最初の投稿も少し情けない話だ。
というのは《賃金引上げ》である。
いま、政府は躍起になって今春の《賃金引き上げのお願い》をしている。
確かに、日本経済が永年のデフレから脱却して、賃金上昇→物価上昇→年金引上げ→消費需要増加→経済成長→ディマンドプル型インフレ持続、とマアこんなバラ色の夢を描くのも無理はない。これまでの丸々1世代というもの、正に正反対の負のループに陥っていたのが日本経済だから、とにかくこの苦境から脱したいと思うのは無理のない願いであるに違いない。
しかし、行政トップである内閣総理大臣までも「賃金引き上げのお願い」を口にするのは、何だか異様である。
というのは、賃金引上げが「日本病」の治療に(真に)必要なのであれば、公定の最低賃金引き上げを政治的にコミットする旨、総理か厚労相か、政府の責任者が、ハッキリ明言するのがベストのやり方であるからだ。
たとえば
政府といたしましては、今後、インフレ率をカバーする程度の最低賃金引き上げを続けてまいる方針で御座います。
一言こういえば賃金は確実に上がるのだ。
この当たり前の事実を誰も口にしない。ここが足元の日本の政治、日本の社会、日本の学界、日本のメディア業界に見られる最も異常なところだ。
もちろんその理由は明らかだ。
最低賃金引き上げに堪えられない中小企業が続出するからである。前にも投稿したが、以下の様なことを書いている:
いま、戦後日本を支えてきた産業基盤、というか企業群の多くは日本国内で利益機会を失いつつある。実際、こんなデータがある。偽装か事実かは議論があるにせよ、現状は既に周知のことである。
国税庁が2021年3月26日に公表した「国税庁統計法人税表」(2019年度)によると、赤字法人(欠損法人)は181万2,332社だった。 全国の普通法人276万7,336社のうち、赤字法人率は65.4%(前年度66.1%)で、前年度から0.7ポイント改善した。
Source:東京商工リサーチ
利益も出ていないのに賃金を上げられるはずがない。お願いされても駄目なのだ。経済のロジックに沿って議論をすれば、そんなゾンビ化した中小企業は退場し、職を失った雇用者は適切な職業訓練(=リスキリング)を公費で受けて、人出不足の産業分野に再雇用されるプロセスを通じて、先ず成長分野に労働資源がシフトしていく。こうなって初めて問題解決への道筋が見えるわけだ ― もちろん人出不足を単に解消するだけではダメで、人出不足が常にあるようにビジネスチャンスを日本国内に創出し続けるのが政府の責任だ。そのためには規制分野に手を入れなければならない。「お願い」するのが政治家の職務ではないのだ、な。「身を切れ」というのはこの辺のことである。
マア、要するに、この《市場からの退出》、つまり倒産、廃業が増えるのが怖いのだろう。
★
政府が賃金引き上げをお願いしても、「無い袖は振れない」と開き直る企業が出てくるだろう。
お願いに応じない企業に対して行政上対応できる手段はない。
結果として、甚だしく《不公平》な状況が生まれるだろう。賃金引き上げをしない企業経営者も雇用を守ってくれていることに変わりはないという理屈をマスコミが口にし始めるに違ない。目に見えるようである。
法令で強制しないことによる実質的な不公平、不公正が拡大する。予想されるが故に決して「想定外の状況」ではない。
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ここまで書いてきて、何だかデジャブ感を覚える。
コロナ禍の中のマスク装着である。《欧米先進国》のような、法令によるかよらないかはともかく、《マスク装着の義務化》を日本社会は嫌った。もちろん行動の自由を保障した憲法に違反するのではないかという問題はあるわけで、コロナ禍終盤において、アメリカでも違憲判決が出されたものである。が、(価値観を日本と共有する欧米先進国の)政府と議会は、原則どおり<法令等規則>に従って政治を行うという《法治主義》から逸脱することが少なかった。
日本では《緊急事態》を政府が宣言し、(こんなお願いをするのも緊急だからとばかりに)、「マスク装着」や「ワクチン接種」のお願いを繰り返したり、飲食店に対して「営業時間短縮」のお願いを何度も反復したり、であった。病院に対しても「コロナ病床増加」をお願いするやり方をとった。
こんな風に、政府が国民に「お願い」をして、コロナ禍に対応したかと思えば、今度は賃金引き上げを「お願い」しているわけだ。そういえば、公共交通機関でも何と頻繁に利用者に「お願い」して安全を確保していることだろう。これが日本という国の《お国柄》なのだ、と言われれば「そうだネ」とうなずく自分がいたりする。
しかし、お願いベースの管理形態というのは、上層部は責任を免れ、被統治者には自由があるようだが、不公平、不公正の温床になるのである。
こんな体たらくではそのうち
脱税は犯罪です。税はきちんと納めましょう。
こんな《納税のお願い》をやり始めるのではないか、と。
こんなお願いを繰り返しながら、実はサラリーマンに対しては「この方が便利でしょうから」とばかり、毎月なに食わぬ顔をして、国税、地方税と社会保険料を天引きする。
こんな政府であれば、いつの間にか
防衛費協力金として2パーセントを所得税率に付加いたします。これは「臨時的な協力金」でありまして、所得税をなすものではございません。勤労者の方は勤務先で事務処理を行いますので特に手続きは必要ございません。
こんな政策がにわかに決まって、新年度から始まる。NHKは「新年度から変更される制度」というタイトルでそのまま報道する……いや、マア、大いにありうる事態だ。
黙ってやっていることとお願いしていることが奇妙に食い違っている日本の政治。
(愚かな?)日本国民は変わりゆく世の中で毎日の暮らしに懸命で、妙に納得、というか変化に気が付くこともなく、忙しく過ごしている……、何だか怖いナア、昭和恐慌から満州事変、日中戦争、太平洋戦争と続く戦前期の世の中も、「激動」と言うよりこんな感じで「いつの間にか」だったのかナア……そう思うこの年明けでございます。
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