2023年2月23日木曜日

覚え書き: 民主主義大国・アメリカの将来を示唆する本なのかも

本箱の隅に大変古い本が残っているのを再発見した。『堺屋太一が解くチンギス・ハンの世界』(講談社、2006年)だ。

モンゴル帝国といえば、大量虐殺をいとわない野蛮な軍事力で中国本土を制圧し100年を超える長きにわたって漢民族を抑圧したという点で、中国史においては言わば「黒歴史」のような扱いを受けているのが日本でもそのまま大勢になっている ― 日本をも攻撃した「元寇」は黒歴史というより多少は輝かしい戦史として記憶されているが。

ところが、実はモンゴル帝国は現代世界にも通じる《不換紙幣制度》を巧みに活用し、ユーラシア大陸全域に及ぶ広大な経済圏を出現させた極めて独創的な帝国でもあった。強大な軍事力は世界経済秩序を守るためのインフラとして機能していた。堺屋太一はこの帝国運営技術を高く評価しているのだ、な。

古い本なので内容はほとんど忘れていたが、パラパラとページをめくっていると、感心できる箇所が幾つもある。中でも、現代的意味を持つところをメモっておきたい:

史上初の「世界帝国」、大モンゴル帝国(イェケ・モンゴル・ウルス)にも滅びる時が来る。

(中略)

14世紀に入ると、チンギス・ハンの子孫にも、イスラム教やキリスト教、あるいは仏教などに熱中する者が現れる。これには地元の信仰深い女性が皇室に入った影響が大きい。・・・無期限無差別の取り込み主義は破れ、文化への介入が強まり、軍事力は分散して大量報復も実行されなくなった。

皇室と行政は、経済重視の原則を忘れて信仰にのめり込み、宗徒による差別が広まった。叛乱は交易を妨げ、通貨の需要を減らす。不換紙幣は過剰になり急速に価値を失った。不換紙幣の増発に頼って来たモンゴル政府は一気に財政破綻、軍事における物量作戦も不可能になった。

「世界帝国」の何よりの「敵」は主観的な価値観の押しつけである。押しつける本人は正義と感じ、相手も幸せにすると信じているから始末が悪い。

もし米国が21世紀を通じてスーパーパワーであるためには、自らの正義と美意識を他国に押しつけるべきではない。たとえそれが民主主義や市場経済であっても。

※62―63頁から引用

いやあ、ロシアのプーチン大統領、中国の習近平国家主席が聞けば泣いて(?)喜びそうだ。こんな風に(正しく?)考えた日本人もいたのか、と。


著者は既に故人であるが、昭和10年(1935年)の生まれであるから、小生の父よりはかなりの年下。いわゆる「焼け跡派」の世代に属している。小生とはほぼ親子の年齢差があるものの、それでも上に引用した思考、発想は、かつての日本社会では世代を超えて共有されていたように記憶している。「日本は日本で考える」くらいの事は誰もが当然のことと前提していたような気がする。何しろかつての大学の経済学部には<比較経済体制論>などという授業もあった。大学のキャンパス構内には「打倒米帝」(米帝=アメリカ帝国)、「ファシストせん滅」(ファシスト=全体主義者≒支配階層)などの立て看板がまだ見られていたのだ。

だから、ロシア=ウクライナ戦争が始まったときも(少なくとも日本では)甲論乙駁、というかヒトは色々で多くの意見が出てくるものと思っていた。その方が日本としては自然だと思った。ところが、この一年間、発言されたり、説明されたりする意見はどれも要するに英米で主流のイデオロギーである。むしろ英米メディアより純粋に一色になっている。異論がほぼ出て来ない。テレビには防衛省の官僚が頻繁に登場して政府公式の見解を語っている ― マア、日本が「価値観の共有」などと繰り返し口にするのは、アメリカ、イギリスに遠慮、というか「忖度」している面もあるのかもしれない。しかし、民間まで忖度する必要はない。

自由な発言ができるはずのネットでも、《イデオロギー批判》、《観念論批判》は年齢層を問わず、ほとんど目にすることはなく、少なくとも日本では「ロシア批判」、「米英‐ウクライナ支持」で一色。《歴史的必然性》とか《アウフヘーベン》などと唱える御仁はまさに一人もいない。「百花斉放」、「百家争鳴」どころか、「同調圧力」のみが働いている。これはどうしたことか?

これでホントにいいんでしょうかネエ。足をすくわれなきゃいいんですがネエ・・・

と思います。

戦前、共産党を共通の敵とするべくドイツと「日独防共協定」を締結したところが、ドイツは勝手に「独ソ不可侵条約」を結ぶに至った。時の平沼騏一郎首相は

欧洲の天地は複雑怪奇

と呆れ、絶句し、上の捨て台詞と共に退陣したものだ。

同じような事は二度も三度も起こるだろう。


堺屋太一が上の本を出版した2006年だが、その3年前の2003年に「大量破壊兵器(Weapons for Mass Destruction)を密造しているという疑惑からアメリカ、イギリスなど有志国が「イラク戦争」を仕掛けている。更に、その2年前の2001年には、アメリカがビン・ラディンを匿った咎でアフガニスタンを攻め「アフガン戦争」が始まった。こんな時代背景もあって上の本を出版し、その中で引用したような文章を書いたのだろうと思われる。

その当時と状況は何も変わっていない。ただ、今回は軍を派兵することなく、兵器を提供しているだけの違いだ。

思想にとらわれて自分の主観を強引に主張すれば、現実面では必ず失敗するものだ。中国国民党支援、朝鮮戦争、ベトナム戦争、etc.、アメリカは一体いくつ失敗を重ねてきたのだろう。

マ、どちらにしても今回のロシア=ウクライナ戦争。ロシアもそうだろうが、アメリカも大きな歴史の曲がり角を曲がりつつあるようだ。これとモンゴル帝国の興隆と没落を重ね合わせる感性は今はもう誰も持っていない。

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