2023年2月22日水曜日

高度なツールを使わず高度な経済政策論ができる一例

まだ学部でマクロ経済学を勉強している頃、《フィリップス曲線》と言えば、縦軸がインフレ率、横軸が失業率のグラフで説明されていた。それが、1970年代の二度に渡る《石油危機》で世界がスタグフレーションに陥る頃には、フリードマンの《自然失業率》概念が主流となって、フィリップス曲線の縦軸はインフレ率ではなく、(いつしか)インフレ率の前期差をとって描かれるようになった。

KrugmanがThe New York Timesに寄せているコラム記事でこれと同じ話をしているので、非常に面白かった ― Krugmanはノーベル経済学賞を受賞した高度にアカデミックな経済学者である。

そこで使われている道具は三つのグラフである。

一つ目は


このグラフの縦軸はインフレ率の前期差で1970年代の大インフレ時代には主流であった関係である。いま足元では、8パーセント超えになったインフレ率を(せめて)2パーセント程度にまで抑えようとして、FRBが攻撃的金利引き上げを続けているわけだが、上の図を見ると、8パーセントから2パーセントまで、つまりインフレ率を6パーセント下げるには、図の縦軸の枠外になるが延長して読み取れば、失業率を5%まで悪化させても恐らく足りない。もっと景気を悪化させる必要がある ― ちなみにアメリカの失業率は1月時点で3.4%であるから、まだまだ景気が良すぎる。こういう政策観になる。

Krugmanがコラム記事で主張していた骨子は、期待インフレ率は1970年代とは様相が異なりほぼ一定の高さのままで変化していない。したがって、フィリップス曲線が、期待インフレ率の上昇に伴ってシフトするという現象は足元では認められない。故に、現在当てはまっているフィリップス曲線は


上のような縦軸にインフレ率をとったオリジナルの関係に戻っている。これを見ると、現時点の失業率は概ね3.5パーセントだからインフレ率は2パーセント弱になる。もし目標インフレ率が2パーセントであるなら、現状の労働市場は寧ろ弱い。実体経済を現状のまま継続すれば、インフレ率は2パーセントを下回るところまで景気が悪化していくであろう、と。

大体、こんな趣旨の議論を展開している。

なお「期待インフレ率はほぼ一定のままで安定している」という事実認識の根拠としては、以下の図を示している。


このように使用している経済学上の道具はどれも学部のマクロ経済学でもとりあげられるような入門的なレベルなのであるが、論理は極めて骨太で、主張がハッキリと明確である。

もとよりKrugmanは親・民主党として名だたる経済学者であるから、金利引き上げ・インフレ抑制よりは暮らし向き改善・雇用改善が望ましいと考える立場に近い。だから上のような議論をするのは自然なわけである。

主張されている政策論への賛否は当然あるのだが、何よりこのように骨太の経済政策論が、経済新聞でもない普通の新聞に掲載される<言論環境>に、小生は非常な羨ましさを感じる。

確かに日本経済新聞には「経済教室」や「やさしい経済学」もあるし、その他にも経済学者や経済専門家が登場するコラムは多々あるのだが、印象としては何かの分野のプロフェッショナルが専門分野の近いプロフェッショナル達を相手に書いているような感覚をいつも覚えてしまう。

せめて経済学部の2年生位の学生が読むとしても、基礎理論がそこでどのように応用されているかを見てとれるような、それでいて結論が具体的で明確であるような記事内容であってほしいものだ。

『最近の世界の学界で主流となっている考え方によれば云々・・・』のような骨子でいくら解説をしても、そこにはロジックと結論というものが欠けているので、読む人は著者に感心はするだろうが、面白さや共感には程遠いだろう。


0 件のコメント: