2019年2月4日月曜日

一言メモ: GDPにまで延焼してきたか

政府統計の「メルトダウン」は、予想のとおり、年金消失問題と同規模かもしれないほどの広がりを呈してきている。

ただ、年金消失といわゆる「不正統計」(?)との違いは明瞭であって、今回の問題は技術的問題であることがハッキリしている。故に、対応方針としては原因分析をしっかりと行い、”How?"の疑問に正確な解答を引き出すことが大事だ。再発防止が課題であり、動機やら隠蔽やらを議論しても再発防止にはつながらないであろう。

そもそも人は色々な動機をもつものだ。だから個々人の動機とは関係なく、システムの安全を保証できる組織構成が最も重要になる。

再発防止システムを構築すれば改竄や隠ぺいを懸念する必要はない。

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本日の道新朝刊を読むと、GDP統計にまで疑惑の目が注がれ始めてきたようである。

小生も、ずっとその昔、GDP統計にタッチしていたので関心はやはりある。

GDP統計の数字が「なぜそんな数字になったのか?」という疑問は当時からあったものである。注目されればされるほどに「なぜ?」という問いかけは世間から浴びるものであり、その運命から逃れる術はない。それが嫌なら公表しなければよいのだが、公表しなければならないのが政府統計だ。現場の職員にはまったく気の毒な事だ。

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GDP統計は国連が定めているSNA体系に準拠して世界共通の概念定義の下で推計されている。実は、このこと自体を知らない人は非常に多いと思う。

本日の道新には、内閣府が2016年に公表した基準改定と2008SNAへの対応をとりあげている。

参考サイト:内閣府

そこで次のように書かれている:
政府は16年12月の算出方法変更で、新しい国際基準に合わせて「研究開発費」を追加するなどし、1994年度にさかのぼってGDP総額をかさ上げした。・・・(中略)さらに問題なのは、このうち国際基準とは関係なく、推計手法などの変更で盛り込まれることになった「その他」によるかさ上げだ。・・・

中略した部分だが、要するに94~99年度は平均12.4兆円ほどの上方修正、2000~2012年度は18.6兆円の上方修正にとどまるのに対して、アベノミクスが始まった28.3兆円の上方修正になっている。

94~99年度は「過剰債務・過剰設備・過剰雇用」の真っ最中。2000年度から2012年度は、不良債権処理からつかの間の回復、そしてリーマン危機という時代だ。安倍内閣スタート以降の最近年とは経済状況が違うでしょう・・・という感覚はないようだ。

記事は「かさ上げ」と呼んでいるのだが、マア、何と言えばいいのだろうか・・・経済学部の学生ならば『先生、この上方修正の違いなんですけど、基本的な理由は何でしょうか?」と虚心坦懐に質問するはずである。修正を「かさ上げ」などと呼べば『かさ上げだと判断した君の根拠をここで説明してくれない?』と理詰めで追及されるはずである。

大体、小生も経験があるのだが、疑問があれば内閣府の経済研究所に電話をして「上方修正の違いを素人にも分かりやすく説明してくれませんか」と言えばよいだけである。先方も慣れている。よく地方の好事家を相手に小生も小一時間ほど電話で話した事がある。終わると「お疲れさま」と周りの同僚が声をかけてくれたものだ。多忙な時期にはウザいものだが、それでも「いまは忙しいもので」と言ったことはない。それを取材の専門家である新聞社の社員が内容の理解に努力することもせず、非難めいた記事を大雑把に書いて、報道をして、書きっぱなしにする ― 署名だけはしているが。

文章の書き手としては失格だネエ・・・とここで言わなけりゃあ、誰が失格になるんですかい。それが第一印象だ。

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そもそも物的固定資本に加えてソフトウェアも資産として計上したのが93SNA、その後2008SNAでは研究開発コストも企業の中間消費(=GDPの範囲外)ではなく資本形成(=GDPの範囲内)に含めることになった。

この時代を通して、コンピューター・ソフトウェアと大規模・小規模のデータベースの知的資産性が主たる論点として考究されてきている。ビッグデータ、データサイエンスの時代を考えると、今後もSNA体系は変更される可能性が高い。SNAが改訂されれば、その都度、GDP統計も改定されるだろう。それが「進歩」というものである。

上方修正するなら「かさ上げ」、下方修正するなら「隠蔽があった」ことにしたいのは、極めて政治的であって、非科学的な発想である。

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とまあ、小生なりの憤りを書いてしまったが、安倍内閣が発足した2012年末から以降、それまでの奈落の底に落ちるような経済低迷が一転して長期上昇トレンドをたどってきているのは、考えてみれば不思議な事ではある。

「統計の不思議」ではなく、これは世界経済という「リアリティの不思議」なのである。マクロ統計は、リアルタイムでは(つまり速報で確報より前の段階、基準改定より前の段階では)景気変動を過小評価する傾向がある。なので、安倍内閣がスタートした後の時期でGDP統計が相対的に大きく上方修正されている、この事実だけから違和感はまったく感じないのだ。

とはいえ、国際基準とは関係のない、推計手法の変更などから「盛り込まれる」ことになった「その他」の部分がある、この下りには目を引いてしまう。そもそも「推計手法の変更」から「盛り込まれる」ことになる数字など、理屈ではありえない。大体からして、GDPは加工統計である。推計基礎となる一次データとの整合性は常にチェックされている。基準改定時の修正という事なら、基本的には総務省の「産業連関表」がベースとなる。これは一貫して採られている方式だ。産業連関表に「合わせる」というなら理屈は通るが、「盛り込む」ことなどできるはずはない。両者の違いがあれば綿密にチェックされるはずである。

この部分が安倍内閣発足後は上方修正、それ以前は下方修正・・・。う~ん、推計直後はどんな状況だったのかねえ・・・長期平均成長率は既報データより実は高かったということか。失われた20年は、既報よりもっと大きいマイナスで、最近になってからの回復テンポは実はもっと高かった、そういうことだ。

分からないでもない印象だ。が、安倍嫌いの人には気に食わない数字かもしれない。

確かに、安倍内閣には悦ばしい数字には違いない。が、「その他」の修正は年平均で5~6兆円。全体に占める割合は僅か1%程度である。

小生が実際に業務に従事していた頃の感覚では「ノイズの範囲」である。マクロ経済統計は国勢調査のような悉皆調査ではない。標本統計調査を利用して推計しているのがGDPだ。多数の基礎データを使用していると基礎データの遡及改定が案外頻繁にある。それが基準改定時に一挙に表面化する。重箱に残っているメシ粒の1粒や2粒をガタガタ言うな・・・というのは、同僚との食事時の雑談でよく語り合ったものである。

とはいうものの、この点は確かに丁寧な説明が求められるには違いない。国民所得部長か経済研究所長か分からないが、国会にも呼ばれるかもしれない。

でもまあ、呼んでみても「SNA」が分かる人は日本にはほとんどいない。いわゆる「経済学者」もSNAの事には疎い。研究している人がほとんどいなくなっているのだ。エキスパートが投稿する専門学会誌"Review of Income and Wealth"に論文を発表する日本人専門家はほとんどいない。それが現状である。

<GDP問題>を突ついて見ても、「分かったような、分からないような」でウヤムヤ、ムニャムニャ・・・のうちに終わってしまうだろう。それは突つく人、聴く人の専門知識の不足が理由である。

そんな進展をたどることを今から予想しておこう。

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