日本人(ばかりではないものの)が好んで使う表現に
未来志向で行こう
というのがある。
未来志向は「善い結果」を目指すという発想だ。これは典型的な功利主義であって、英米の伝統的な社会哲学である。
が、前稿で述べたが、善い結果を目指すなら善いことをしているとは言えない。目的は方法を正当化しない。国益のための戦争は善い戦争だという論理はないと小生は思う。殺人は殺人である。武田泰淳の苦悩を忘れてはならんだろう ― とはいえ若者の大半は知らないだろうが。
未来をみるのではなく、過去と現在をみて、『本当に正しい道を歩いているのか」という懐疑を自らに向かって発するのは善いことだと思う。
歴史にとらわれるのは未来志向ではないと日本人はよく言うが、過去の行動を検証することは未来への第一歩だ。検証をすれば必ず「ありゃあ失敗だ」という行為も見つかる。それを掘り下げて考察することで、社会も自分も厚みを増すに違いない。
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