2019年2月11日月曜日

覚え書: 経済データとアベノミクスに関連して

「統計不正」があったからと言ってアベノミクスの成果には変わりなしと、今春以降の「選挙の季節」を間近に控えて、現政権・与党側は懸命にアピールしている様子だ。

小生も今回の「統計不正」、というより厚労省による違法な「手抜き」はあくまでも現場の怠慢と士気低下に原因があり、閣僚や、まして首相官邸の意向との関連性はなかったものと推測している。観るべき観点の選択。「そんな問題ではないと思いますヨ」というわけだ。

意図的かつ直接的なデータ操作が何か望ましくない政策誘導を引き起こしているのだとすれば、現にマイナスの影響とそこから利益を得た集団の存在が表面化しているはずであり、むしろ因果関係は見つけやすいのである。確かに、毎勤統計による賃金水準の過少推計が問題になっているが、これは2004年という相当前の時点に遡って始められた行為である。そして2018年に至って水準修正されたわけだが、これ自体は過少推計を解消する行為であり、労災保険や失業保険の過少給付はこの時点で解決されている。かつ一度水準調整されれば、それ以降の増減率に凸凹は生じない理屈だ。(←前年比は1年間高止まりする、その後、元の前年比トレンドまで落ちる)

故に、今回の毎勤統計不正とアベノミクスとの関連性はなく、いわゆる「偽装」という誹りとも無縁である。

まあ今後の経済分析で賃金データを用いる場合、「過少推計期間」の効果を測るためダミー変数の追加が余儀なくされるだろうが、こんなことは大きな制度改正による環境変化が頻繁に起こる経済領域では珍しいことではない ― そのダミー変数が制度変更ではなく、データ自体の不連続に対応したものであるというのは恥ずかしくもあるが、海外の賃金データを利用する場合などは、国境の変更、政権転覆などもあるので、経済専門家はこの種の作業には慣れているものだ。

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しかし、小生思うに、アベノミクスと経済データとの関係で問題が何もないわけではない。

以前にも一度投稿したことがあるのだが、以下の記事と関係することだ:
消費増税関連法では15年10月に税率を10%に引き上げることを明記していた。だが8%への増税時に駆け込み需要の反動で消費が落ち込んだことを踏まえ、安倍首相は引き上げを17年4月に延期することを14年11月に表明。16年6月には新興国経済の落ち込みなどで世界経済が危機に陥るリスクを回避するため、19年10月に引き上げを再び延期するとした。
(出所)日本経済新聞、2018年10月15日

なるほど消費税率の引き上げ時期として2015年10月はいかにも不安だったに違いない。その年の6月12日の上海市場大暴落に端を発した金融不安の中、日本の日経平均株価も年前半の回復基調から一転、8月~9月には一挙に20パーセントの暴落を演じている。


URL:http://apl.morningstar.co.jp/webasp/marketevent/page/r2015.html#short

その直後の10月から消費税率を8%から10%へ引き上げるというのはいかにも時機が悪い。2014年11月にこの時期の税率引き上げを回避できたのは「英断」だった ― 景気動向指数の動きを観ると、なぜそんな判断が出来たのか、これまた理解に苦しむのだが、とにかく「結果オーライ」であったのは事実と言える。


上の図で黒の実線は先行指数、赤い点線が一致指数、青い点線が遅行指数である。第1回目の税率引き上げ延期を決めた2014年11月で縦線を入れている。確かに延期決定を決めた2014年秋には「ピークアウト感」があった。一時的な踊り場とも思われたが、それ以後景況は悪化し、翌年夏の上海市場暴落につながっていったわけだ。しかし、その時のリアルタイムの景気はそう悪くはなく、拡大が一服という判断と半々の可能性だったろう。事後的には2012年3月にリーマン危機後のピークが一度訪れているというのが公式の景気基準日付で認定された「山」なのだが、こう認識したのはいつだったか?2014年11月の前だったか、後だったか?記憶が明らかでない(調べれば分かるのだが)。しかし、公式の景気判断をいうならば、2012年3月にピークアウトし、同じ12年の11月にはボトムアウトしているのですゼ。2014年11月は景気拡大中だ。そして、その拡大がまだ続いているというのが内閣府の公式の景気判断なのである。2014年11月になぜ景気の先行きを心配したのかネエ・・・マア、色々と突っ込みたい点はあるが、引き上げ延期は結果オーライ。これは確かなことであった。

しかし、2017年4月に予定された税率引き上げを前年の16年6月という時点で早々と延期しようとした判断は小生は今もなおサッパリ理解できないのだ。

2016年の年初から春先にかけては、国際商品市況が低迷し、株価も世界的に低落した。その背景としては、特に中国の(鉄鋼製品で顕著だった)過剰設備と過剰生産、アメリカ・シェールオイル産業の過剰設備と過剰生産を無視することはできない。2016年の前半という時期、世界経済に不安があるとすればそれは石油、鉄鉱石など各種の「一次産品価格の崩壊」であって、それによる「新興経済国」の先行き不安だった。他方、先進国のマクロ経済データはそれほどのダメージを蒙ってはいなかった。実際、その前後の日本の景気動向指数(一致系列)をみると下図のようになっている。

URL:https://www.esri.cao.go.jp/jp/stat/di/201812psummary.pdf

これをみると、2015年から16年にかけて景気は下降傾向を示しているが、「景気後退期」の平均的長さから判断しても、16年後半から17年にかけてなお一層景気が悪化していくと予想される状況ではなかった。

しかるに2016年6月という時点において早々と経済の先行き不安を理由に翌17年4月の税率引き上げを19年10月に延期するという判断をしている。と同時に、その後もずっとアベノミクスの成果を現政権は誇示し、景気上昇局面はついに高度成長期の「イザナギ景気」も、小泉内閣からリーマン危機までの「イザナミ景気」も超える戦後最長を記録したと内閣府は認めている。

全体が矛盾しているのではないか。小生はおかしいと思う。

もちろん、消費税率が17年春に引き上げられていれば、実際の動きとは違っていたはずだという意見もあるだろう。が、2016年後半から2017年末に至るまでの世界経済と世界の株式市場は極めて好調であった記憶はまだ鮮明である。日本の消費税率引き上げ程度で世界経済の基調が変わっていたとは思えない。

故に、日本の景気循環を振り返っても、2017年4月に消費税率を引き上げておいた方が賢明であった、と。本質的な増税反対・歳出削減論者は別にして、大半の人はそう考えていると思われるのだ、な。

2016年6月という時点において、翌年2017年4月以降の世界景気の動向は決して心配されるものではないと助言しなかった内閣府の「官庁エコノミスト」は、何も間違った経済データを観ていたわけではない。間違ったデータを参照すれば間違った経済判断をするのは仕方がない。その点をいま心配している。しかし、正しいデータを観ていながら経済動向判断をミスリードするとすれば、経済専門家としての罪は深い、と。そう言われても仕方がないのではないか。

少なくとも消費税率の引き上げ時期の選択として、本年10月よりは2017年4月の方が不安は少なかったはずだ。小生にはそう思われるし、決して少数意見ではないと思う。

統計不正とアベノミクスとの関連はない。不正による誤りではなく、経済判断能力そのものは確かなのか?そんな疑問を持っている。

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