ニューリーダーと言えば、経済の世界では技術革新。イノベーションという。そのイノベーションを切り口にして古典派経済学に新しい生命を吹き込んだのはシュンペーターである。彼が処女作『理論経済学の本質と主要内容』を出したのは1908年のこと。シュンペーターは、古典派経済学のヴィジョンを180度逆さまにして社会をみた。そこが凄い。
長期的には競争メカニズムが働いて価格や生産量は均衡点に落ち着く。それはシュンペーターにとっては、社会の停滞の行き着く先を意味した。何もしなければ、金利がゼロとなり、利潤もゼロとなり、社会はそうした状態のまま何も変わらなくなる。経済的な「死の世界」である。
そうだと思うあなたは、シュンペーターと同じ感性をもっている。
社会経済に命を吹き込むのは創造的破壊だ。それをシュンペーターはイノベーションと呼んだ。経済学者がいう「均衡」に向かうのではなく、そういう自然の経路を破壊する反力学。シュンペーターが希求したのは、破壊を通じた創造である。それが社会の生命である、と。
ちなみに第一次大戦の始まりは、すぐ後の1914年。戦争が終わるとカンディンスキーが育ったロシア帝国も、シュンペーターが愛したハプスブルク家・オーストリア・ハンガリー帝国も崩壊した。現在のヨーロッパは、破壊と創造を経て、形成された社会である。日本もそうですよね。
Kandinsky, Composition VI, 1913年、国立エルミタージュ美術館所蔵
Kandinsky、Blue Rider (青騎士)、1903年
上のコンポジションの完成までには無数の下書き、習作が残されており、それらは具体的な形が描かれ、イメージというよりも写生である。下の絵はカンディンスキー旗上げの頃の作品。
自分の目に映る外観を否定し、意味と本質を探ろうとする努力。迷い。試み。勇気。
この芸術家と同じ努力と思考を、全く縁のなかった経済学者シュンペーターからもみてとれる。そんな気がするのだ。同じ時代の子であった気がするのだ。虚偽の否定。破壊への願望。創造への動機である。
カンディンスキーとシュンペーターの陰には、努力はすれど空しく消え去った無数の人と志があったことを忘れるべきではない。最後に生き残った者が歴史を作る。それが人間社会の宿命である。
今日の話はこんなところで。これから買い物に出かけます。
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