2011年6月8日水曜日

エネルギー産業のリスク・プレミアムについて

脱原発を閣議決定したドイツでは、今後1割の電気料金アップが見こまれ、産業界は猛反発している。しかし、そうした反対論を押し切って、政府は脱原発へ舵を切った。もちろん無視できないほどの政治勢力に成長した「緑の党」の理念がそこに反映されていることは否定できない。

その電気料金だが、各国間の違いについては、既に共有知識にもなっているが、もう一度確認しよう。
(出所)経済産業省偏「エネルギー白書2010」、227ページ

これによれば、既にドイツはかなりの高電力コスト国である。産業用電力コストはフランスを5割以上は上回っている様子だ。更に1割上昇すると、独仏間のエネルギーコスト格差が更に広がる。しかし、それでもイギリスやイタリアを超えることはない。ほぼ日本と同等の高さになるのではないか。その日本だが、確かにアメリカや韓国よりは電力コストが高いが、概していえば欧州並みである。

ただ日本の電力コストは今後楽観を許さない。今朝の日経1面によれば、定期点検後の原発再稼働が円滑に進まないと、来春には全原発施設が運転停止に至るという。現在、日本の原子力依存率は約3割だから、これが全面ストップという事態は少々非現実的だ。しかし、いまの世間の感覚、東電福島原発の状況をみると、よほどの政治力を駆使しなければ、大事に至るやもしれない。どちらにしても、新規原発建設がほぼ不可能なのであれば、化石燃料もしくは新エネルギーを開発するしかないわけだ。

化石燃料は、このところ原油価格がピークアウトしているものの、今後の傾向として、安くはなるまい。埋蔵量から言えば、世界に広く分布していて、量的にも豊かである石炭も、この数年は原油価格に連動して激しく価格が変動するようになった。天然ガス(LNG)も然りである。概して、全ての化石燃料はパラレルに価格変動する情勢である。

各エネルギー源別の発電コストだが、下の表は色々なところでマスメディアが引用している。

太陽光49円/KWH
風力(大規模)10~14円/KWH
水力(小規模除く)8~13円/KWH
火力(LNGの場合)7~8円/KWH
原子力5~6円/KWH

更に、地熱発電については、8~22円/KWHという数字になっている(出所:上記「エネルギー白書2010」、123ページ)。

表の数字は、いかにも原子力が低コストであり、太陽光発電が高コストになっている。しかしながら、原子力発電のコストには、生起しうる事故による損害賠償負担をカバーするための保険費用が損金に含まれていないことは、ほぼ確実である。小規模の運転障害から大規模の原発事故に至るまで、データはあるのであるから、予想損失額と保険料コストを計算できるはずである。それを含めた正確な原価計算が待たれるところだ。それでもなお、原発事故による保険金支払いをカバーするための再保険ビジネスが必要だと思うし、その立ち上がりが求められてもいるのではあるまいか。

太陽光発電はいかにも高コストだ。しかし、別の資料「エネルギー・経済データの読み方入門」(日本エネルギー経済研究所計量分析ユニット偏)によれば、2001年時点における太陽光発電コストは25~160セント/KWHであるのが、将来には5乃至6~25セント/KWH程度にまで低下するという展望になっている。つまり、半導体、薄型テレビなどで顕著だった学習効果、言いかえると生産拡大に伴う経験曲線に沿ったコスト低下が見込まれる、ということであり、しかもそのコスト低下はかなり大きい。そう期待してよいわけだ。一方、既存の発電技術については、上記資料に記されていないが、化石燃料が将来とも割高になっていく中、コスト低下はそれほど大きくは期待できない。これも概ね確実だろう。

これまでの議論で、エネルギー源における新エネルギーの割合を高めていくという選択は、それ自体として、理の当然になる。

しかし、太陽光のみならず全ての新エネルギーには、技術進歩の速さをめぐる不確実性がある。また、化石燃料については価格が確実に予想できないというマーケット・リスクがある。原発の事業リスクは実は高いものであることが明らかになった。即ち、エネルギーを何に求めるにせよ、エネルギー産業の事業リスクが、高まることは確実だ。それは、資金調達にあたってリスクプレミアムの上昇となり、資金コストの上昇となる。したがって、事業リスクの高まりによるエネルギー販売価格の上昇が、今後、避けられない。

事業リスクの高まりの中で、企業が効率的な生産技術を採用し、低コストのエネルギー供給を確実に行うには、やはり自由で開放的な市場と競争メカニズムを活用するしか方法はない。そう思われるのだが、どうだろうか?

しかし、その一方で、地域社会を単位とする小規模なエネルギー事業の有用性が高まっているのではあるまいか?実際、下の表をみても日本の熱供給事業は全く普及していない(というか、必要なかった)。

(出所)上記「エネルギー白書2010」223ページ

熱供給事業とは、地域単位、企業単位で温水、冷暖房サービスを行う事業のことである。国土面積が日本より小さい韓国のほうが、熱供給を行う導管ネットワーク距離数が6倍も長いことが分かる。小国オーストリアでは、小規模のバイオマスプラントが国内に1500か所程度も存在し、熱だけではなく電気を提供している所もある。

1994年の酒税法改正では、全国に小規模の地ビールが続々と生まれた。エネルギー事業は、技術特性上、必ずしも装置産業でなければならないわけではない。いまのエネルギー産業のあり方は政府の制度に依存している面が大きいのである。

単に東電をどう処理するかでは駄目である。9電力会社に何をやらせるかという発想も余りに低レベルだ。そうではなく、日本全体のエネルギーを、将来、どのように確保していくかという基本段階に戻る必要がある。家庭向けエネルギー、小売店などの業務用エネルギー、産業用エネルギーをどう生産し、販売するかを考える必要がある。それこそ、日本のエネルギー戦略の名に値するのではあるまいか?



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