2021年4月28日水曜日

政府と国民の「意識のずれ」というより「トップの理想像」を演技しているだけかも

コロナ禍の世の中になってから1年余りが経つ。去年の4月の中頃、大体1年ばかり前になるが、投稿でこんなことを書いている:

何しろ日本では太平洋戦争の勝敗の行方が混とんとしている真っ最中、英米では総司令官が参謀と寝食をともにして24時間頑張っている時に、東京の大本営に勤務する高級参謀は補給に苦しむ最前線をヨソに定時退庁していたと伝えられている、そんなお国柄である。集団主義とはいうものの真の意味で組織が一枚岩になれないところが日本にはある。それは何故なのだろうという問いかけである。

数日前のワールド・ビジネス・サテライトで解説を担当している日経出身のコメンテーターが

いまは明らかに有事ですよね。ところが、日本政府は依然として平時のモードを続けている。ここに意識のズレを感じるという点に国民の不満があるのだと思います・・・

まあ、こんなような趣旨の話をしていた。

太平洋戦争の最前線で赤紙に応召した兵士が、不十分な補給の中で、死を覚悟して戦っている正にその最中に、東京の大本営に勤務する高級参謀たちは、平時と同じ気構えで毎日定時退庁を続けていた。この意識のズレは何だ?

こんな意味のことを1年前には書いたのだが、さてこの話しの出典はというと・・・小生も色々と探してみたのだが、分からなかったのだ。いずれ戦前の帝国陸海軍、中でも「昭和陸軍」の堕落振りを身をもって経験した司馬遼太郎のどれかの作品なのだと思うが、実はほとんど全作品を持っていたのだが、手違いで廃棄されてしまい、いま小生の手元に残っていない。

であるのだが、どこかで読んだのでなければ上のようなことは思いつけるはずもないので、日本の政府上層部の意識は何も変わっていない。それを象徴的に伝えるエピソードとして書きこんだのだった。

***

いま(先日も投稿したように)三島由紀夫の『豊穣の海』を読み返しているのだが、最終巻の『天人五衰』の中にこんな会話がある。ちょうど安永透が浜中百子の部屋に初めて入ったときの日のことだ:

「ひどいわ。箱の番号と中味がちがっていたんだわ。こんなものをお目にかけるなんて。私、どうしよう」

「自分も赤ん坊だったということがそんなに秘密なんですか」と透は冷静に言った。

「あなたって落ち着いているのね。お医者様みたいね」

百子の動顚ぶりに比べた透の冷静、というより悪意のある冷淡さが、とても際立っている場面だ。

***

こんな意識のズレなら、小生も幾度も経験している。

10代の頃、小生は1年に何回かは39度台の高熱を発して、よく病院に連れていかれたものである。そこで母が心配して、医師に問いかけると、

ああ、風邪だと思いますよ~、お薬を出しておきますから、しばらく安静にしておいて下さいねえ~

医師はいつも落ち着いた声音で母に応えていたものである。

もし悪化して、早く治してほしいと患者本人が願うなら、『安静にしてましたか?』と、落ち着いた冷静な声でいうのも医者である。

 ***

戦況が悪化して日本人の全てが不安でたまらない時に、大本営の高級参謀は、その当時の社会構造からそんなことはあり得なかったが、もし議会で戦況を問われれば、

ああ、心配はありませんヨ。いま検討している反撃策を実行に移せば、じきに状況は改善しますから、もう少し、お待ちください・・・

こんな風に、余裕ありげな声音で、冷静に答弁したのだろうと想像される。まさにこれが日本的な政府の典型的イメージなのである。

そして「上に立つモノの不可欠の資質」としては規範があるわけで、それは正にたとえば「風林火山」であるわけだ。

疾(はや)きこと風の如く、

徐(しず)かなること林の如く、

侵掠(しんりゃく)すること火の如く、

動かざること山の如し

原典である『孫氏』はもっと続くのだが、武田信玄が旗印に用いたので有名になった。トップたるもの、むやみに動かず、正に「動かざること山の如し」、これが統治の理想である。こんな感性は結構日本人には受けてきた。これも事実である。

とすれば、《真の危機》というのは、不安な兵(=国民)と冷静な将(=上級国民?)との意識のズレではなく、むしろ負けを覚悟して諦めてしまった国民と敗北必至でパニックになった上層部との《意識のズレ》が露わになったときであろう。上が何を言っても下はもはや上の言うことをまじめに聞かないからだ。

いまは必死(?)の国民と「手を打ってますから、もうちょっと待ってくださいネエ・・・」と冷静に説明している政府との対比が際立つという状態なので、それほどの緊急状態ではない、その意味では《真の有事》ではない。

ま、こんな状況判断もあるのではないかといえば、あるのだろう。 


 

2021年4月24日土曜日

一言メモ: エネルギー計画と新型コロナと、何が本当に重大なのだろう

東日本大震災はもう10年の昔のことになってしまった。

試しに《エネルギー 基本計画》でブログ内検索をかけてみると、出てくる、出てくる。実に大きな問題であったのだ。

今回、菅首相が2050年にカーボンニュートラルを実現して脱炭素社会を実現すると宣言し、そのため2030年までに温室効果ガス46パーセント減少を目指すと世界に公約した。実は、50パーセント削減を強要される対外圧力をも覚悟していたというのだから、もはやこのテーマも待ったなしになった。

覚え書きに上の検索結果をリストアップしておこう:

  1. 総理突出、これは破壊か、創造か?
  2. 意識改革の必要性
  3. 自然エネルギーは原子力の代わりになりうるか?
  4. ドイツの「脱原発」決定に思う
  5. 復興の経過覚え書き(その2)
  6. リンク集 — エネルギー政策・原発・復興構想
  7. 「確実な議論をしましょうよ」症候群の再発ですな、これは
  8. 壮トスルナリ、退陣三条件と震災復興
  9. これまでの超長期・将来予測を棚卸しすると

時系列的には順不同で、網羅的でもないが、きりがよいのでこれ位にしよう。

<2030年までに温室効果ガス46パーセント減>を世界に公約、というのは大変なことである。足元のコロナ変異型抑制、百貨店休業要請など、3年もたてば、誰も覚えていないだろうが、今回の脱炭素化宣言は日本社会を根本的に変えてしまう。どう変えてしまうのかをいま考えなければ、今後の政策は必ずこの方向で進められる。暮らしや雇用に目に見える形で変化が現れ始めてから「情報番組?」を編成しても、時は遅し、なのだ。

ところが、TV放送ではどこもかしこも、緊急事態宣言一色である。日本のマスメディアの惨状にはただ絶句するばかりだ。

わずかに夜10時枠に移ってきた『ワールド・ビジネス・サテライト』がまだニュース番組らしいので、それを観て情報収集の助けとしている。自分で調べるよりは効率的にまとめてくれるので役に立つ。

この「自分で調べるよりは効率的にまとめてくれる」という実感が、TV、新聞などマスメディア企業が存在する唯一の根拠、唯一の存在価値である。

メディア企業自らが、何かを主張し始めて、お説教を始めた瞬間に、なくともよい活動に転化する。存在価値を失う。なぜこんな簡単なことが分からないのだろう。

***

『この簡単なことがなぜ分からないのだろう』と言うなら、ほかにもある。

最近になって、自粛要請に従わない少数の店舗、少数の若者、少数の高齢者がいて、感染抑え込みの障害になっている、と。そんなコメントを放送する「情報番組?」が増えてきた。

「危ない人」がいるのは当たり前である。ごく一部の「危ない人」が「危ない店」に集まるのは当たり前である。なぜこんな簡単なことが分からないのだろう。

8割の人は真面目に要請に応えるが、2割の人は自分のしたいことをするのである。日本人だろうと、外国人だろうと、この人間性は変わらない。なぜ「日本人は特別なんです」とか、「日本人には出来るのです」とか、根拠もなく、なぜ空虚なコメントを出し続けてきたのだろう?

社会で生きている人間は多様なのだ。全員が共同行動をとれると、なぜ信じられるのだろう?小生には、その発想がまったく分からない。日本も外国も同じである。外国で必要なことは日本でも必要である理屈だ。

日本も日本人も何ら「特別」ではない ― 運・不運は、マア、あるだろうが。

***

あおり運転を厳しく糾弾しても、今もなお、あおり運転をするドライバーはいる。飲酒運転に厳しく対処するために危険運転致死傷罪が導入された。もう何年もたつ。しかし、今なお飲酒運転は後をたたない。

法改正をして厳罰を導入しても日本人の一部は国民の多数から期待されているようには行動しないのである。当たり前のことだ。これが単なる「要請」ならもっとひどくなる。何故分からないかなあ、と。コロナだけはその例外的ケースだとなぜ考えるのだろう?

したがって、何かの行動変容を国民として実現したいなら、まず新しい法律を最初に立法しなくてはならない。まずルールを明確化することが第一歩である。

この簡単なことが何故分からないのだろう?

***

理由は明白である。

新型コロナは、感染症としては、真の国家的危機ではない。

政府上層部はそう考えている。これ以外に、この1年間の推移は説明できないのではないだろうか。

であれば、我々、国民の側においても、それほど神経質に、過剰に命の危険を心配する必要はない。

実は、多くの日本人は、口では言わないが、心の中ではとっくにそう思っている。その心が行動に出るのである。そうでないなら、どういうことなのか、教えてほしい。

コロナ禍は現実の問題だ。イデオロギー闘争ではない。だからホンネで議論をしなければならない。タテマエ論は有害無益なのだ。

こんな簡単なことが分からないのだろうか?

コロナウイルスから命を守るとしても、世の中には色々な病気や原因があって、思わぬときに命を落とす。この世の中は危険に満ちている。寿命というのは、究極的には、その人の運命である。こう考える観点も確かにあるといえば、あるだろう。

こういうことではないだろうか。

2021年4月21日水曜日

「価値の共有」・・・「社訓の強要」に似ているかも

今日は徒然なるままに。

どこかの共産主義者が『宗教はアヘンである』と言っている。

それを拡張して小生は以下の警句にしたものだ:

思春期の前は、おとぎ話と冒険譚。

働き始めるとイデオロギーが、

老年にさしかかり自分の人生が見え始めると宗教が、

心のアヘンのようにその人の精神を蝕む。

中には、前をとばして後の段階にいきなり進む早熟な人もいる。ある人は、次の段階に進まず、ずっと同じところにいる進歩のない人もいる。

いま、共産主義の理念を真剣に語る国はない。ロシアはもう社会主義国ではない。中国共産党が統治する中華人民共和国も共産党が一党独裁をしているだけであって、社会主義は既に捨て去っている。理想であるはずの共産主義へ至る夢も内心ではもう諦めているに違いない。経済格差が拡大しているのは、いわゆる《西側諸国》と同じだ。

その《西側諸国》はいまイデオロギーを強調している。何かあると「民主主義ですから」とくぎをさす。論争になると「自由、民主主義、人権、法の支配」という価値を共有できるのかと言って異論を抑え込む。

共有されなければならない価値観に何か言えば、直ちに非難され、『神聖なる価値観を冒とくした』という意味合いの社会的攻撃を受ける。実質的には、宗教による支配に似ている。イデオロギーから宗教へと進む所以だ。

価値観を冒とくするような異論を抑え込むという点においては、西側諸国と現代中国と、お互いに相通ずる面もある。

毎日の朝礼で「社訓」を唱えさせる会社は日本国内にまだあるに違いない。そんな会社のポテンシャルは、低いかもしれず、高いかもしれない。ただ、多様化の時代と整合的であるはずはなく、人は非流動的になり、閉鎖的な社風になるような気はする。

そこにいる人は幸福かもしれないが、途中入社は嫌だろうなあということは分かる。国も同じ事だろうと思う。

上から下へ、あるいは多数派から少数派に、『その考え方はダメだ』ということをお説教のようにあまり言わない国が、住みやすい国である。かつ、生活水準が高ければ、そこで暮らしたいと思う人は多いだろうし、そんな人が普通なのだと思う。


「正しい事」はヒトの頭の中には存在しない。ヒトは何が正しいか決めることは本来はできないはずだ。「法的に正しいことが正しい」という考え方は単細胞の議論だ。法が正しい法であるという前提に立って展開する三段論法の結論として得られるのが「法的には正しい」ということである。全てロジックというのは、この程度のものである。人は経験によって客観的な真理について学べるだけである。意味のある真理は、ヒトの脳みそではなく、外側の自然の中にある。自然の中の人間社会にある。誰であろうと、正邪善悪について何かを語る人は、例外なく間違っている。この当たり前のことを大多数の普通の人が理解してきたのが、近代以降の200年余りの歴史であろう。それによって、世の中はずいぶん住みやすくなってきた。これが小生の基本的な歴史観、社会観なのだ、な。

(小生にとっては)この当たり前のことが分かっている国が、いわゆる《進んだ国》である。反対に、何が正しいかを誰かが判定できると国民が信じている国が《遅れている国》である。「先進国・後進国」という言葉には差別感が込められていると思うが、このくらいの違いは国々の間にあるだろう。

またまた下らないヨタ話を書いてしまった。今日はこの辺で。

2021年4月19日月曜日

断想: ネット社会でも旧社会と変わっていないこと

ネット時代が到来した前と後とで、社会の多くの側面が様変わりした。単に使う言葉だけではなく、新しい言葉(新しいデバイスが登場しているのでこれは当然)、新しい概念と新しい価値(一種の流行かもしれないし、真に新しい時代が来たということかもしれない)、その他にも昔にはなかったモノやコトがある。

しかし、

ネットで展開されている話題は昔と何も変わらないネエと。そう感じるのも事実である。

ずっと以前の覚え書きだが、こんなことを書いている:

時代を問わず、国を問わず、誰もが興味をもつ話題が三つある、という話題は前にも一度投稿した記憶があるのだが、検索しても出てこないのだな。

こうなるなら、最初から本ブログでもラベルを付けておくのだったと、今さら反省してももう遅い。

もう一度、その三つの話題を書いておくと:

  1. 食べ物の話し
  2. カネ・財産の話し
  3. 親子、兄弟、夫婦の話し

この三つである。

どうやら何度か同じことを書きこんであるようだ。本ブログ、ラベルはプライベートに付けているのだが、ずっと昔の分はラベリングしていない。それで探すのに手間取ることが多い — ま、それも本の山から急に必要になった本とページを探すのと似ていて、面白いのだが。

いわゆる《恋バナ》は、恋愛と愛憎に関連することなので、上の分類で言えば番号3に該当する。また《ツイフェミ》だが、広く勢力や権利に関わる事だから上の2番に入る。そして、グルメと食べる演技の盛況はもう言うまでもないことだ。

人からきいた美味いものを自分も食しながら、男女の恋愛沙汰や跡目争いのゴシップ話に興じるのは、時代と国を問わず、一番人気の日常なのである。この事情はまったく変わっていないことが分かる。

『方丈記』や『徒然草』、『枕草子』など、日本語としては古すぎてもう現代人には勉強しない限り判読できないが、内容は同じ、あれやこれやの世間話が大半を占めている。出世や没落、財産や人間関係、そして男女の恋愛ともつれ。

人間は変わらないナア、ということこそ、普遍的真理である。変わるのは、生産技術とそれを支える知識、その生産技術を発展させるための社会制度の変化、それだけだ ― それだけだ、という小さなことではないにせよ、言葉にすればそう言える。

何だか、またマルクス的な唯物史観になりそうだ。今日はほんのメモということで。


2021年4月17日土曜日

いま「個人主義」もまた日本社会で死語になってはいないか?

 この4月から下の愚息夫婦は東京に異動し習志野市の新居に転居した。

才ある息子は世間に使われるが故に遠く旅立ち

才なき息子は世に無用であるが故に親元にとどまり孝を為す

別に「偉い人」が遺した格言ではなく、ある年、小生が作った迷句であると思っていたのだが、それでも何か記憶があるので書棚を調べてみると、江藤淳の『漱石とその時代 第1部』にこんな下りがあった:

人に賢きものと愚なるものとあるは、多く学ぶと学ばざるとに、よりてなり。賢きものは、世に用いられて、愚なるものは、人に捨てらるること、常の道なれば、幼稚のときより、よく学び、賢きものとなり、かならず無用の人となることなかれ《明治7年8月改正・文部省発行『小学読本』巻1》。

多分、この下りが頭に残っていて、ヴァリエーションを作ったのであろう。

しかし、マア、明治の教科書は率直というか、頭ごなしというか、現時点の日本の小学校で上のようなことを教えれば、パワハラ、アカハラと認定されることは確実だ。

どちらが善い・・・ということでもない。一長一短だろうとは思うが。

確かに世間では「無用」にほぼ近いが、上の愚息は車で10分ほどの所にあるアパートで独り暮らしをしている。もう10年も非正規就業を続けているが、あらゆる責任からは免れ、呑気な暮らしぶりだ。時には親の懐をあてにして食事をともにしているので貯金もささやかながら出来て、最近はネット証券のアカウントをつくり、Uber株にも投資をしている。世間には無用の人間ではあるが、いてくれてよかったと思う人間がここにいるのだから、経済力はないが、だからと言って不幸な人生を歩んでいるとは言えない(と思う)。

それにしても、小学生相手の教科書でネエ・・・『愚なるものは人に捨てらるること、世の常なれば』でありますか・・・日本国憲法第25条とは対極の世界であります。こんなことをいま発言をしたり、SNSで投稿をしたり、まして文章で公表したりすれば、想像を絶する大炎上の火焔に包まれ、そのまま世間からは隠遁して身を隠すしか生きる道はあるまいと思われる。

表現の自由に対する現代日本人の感覚は、日本国憲法とはかかわりなく、自由抑制、表現規制の方向に向かっている。小生は最近そう感じている。

ま、自由には、理屈として、責任が伴う。自由の行使がもたらす結果には人は責任を負う義務がある・・・と、思っている。だから自由の無制限の行使が自由を抑圧する社会に移り変わっていくとしても、当然の結果であり、何も逆説的変化であるとは思わない。

話しは戻るが、上のような「社会に役立つ人間であれ」という周囲から寄せられる強烈な期待と制度的支援から夏目漱石は強迫神経症とでもいうような不自由で憂鬱な前半生をおくり、半ば病人のようになるのである。それが最後に東大を辞めて朝日新聞に連載小説を載せる「作家」になって世を過ごそうと、落ち武者を選ぶような決意をするまでのプロセスが、学習院大学での講演『私の個人主義』で展開されている。そんな読み方を小生はしていて、《自己本位》というキーワードも自分が見つけた安住の境地なのだ。そんな言葉でまとめられている。

自分が他から自由を享有している限り、他にも同程度の自由を与えて、同等にとり扱わなければならん事と信ずるより外に仕方がないのです。(昭和41年版漱石全集第11巻『私の個人主義』452頁より)

という1節は「かくあるべし」という社会的同調圧力からは正反対の所にある社会観であるし、

もし人格のないものが無暗に個性を発展しようとすると、他を妨害する、権力を用いようとすると、濫用に流れる、金力を使おうとすれば、社会の腐敗をもたらす(同454頁)

という「自由と責任表裏一体原則」もまた明治の人・漱石にとっては当たり前の常識そのものであったことが分かる。

実際、「明治」という時代はその権威主義と暗さ、重さの一方で、確かに健全な常識が機能していた時代であったように(文章を通してではあるが)感じられる。

その明治に生い立ち、大正・昭和と成長した日本人が何故あれほども常識を失い、傲慢不遜になり、自由を否定する思想を信じるようになったのか?

どんな思想や理念が日本の若い世代を蝕んだのか?やはり「社会主義」なのか?

リアリティをもってどうにも理解し難いところがまだ残っている。

父の世代から共通して感じとれる「問答無用の正義観」はどこから由来したのか、意識を共有できるどころか、理解もしきれない。今から想い返すと、宇宙人のように異なった考え方をもっていた・・・そんな日本人はなぜ育ったのかが分からない。

どうもこんな風にいま思っているのだな、前稿や前々稿に関連して。


2021年4月14日水曜日

前稿の補足:ブログが使えるツールだと思った一例

前稿では三島由紀夫のことを書いたのだが、これまで荷風や漱石はともかく、「三島」について何か投稿した記憶はないなあと思って、ブログ内検索をかけてみると、『葉隠入門』に関連して2回ほど書いていることがわかった。

ま、確かに『葉隠入門』というのは面白い本である。投稿した日付は2011年11月と、2017年7月になっている。2011年といえば10年も前だ。

その時は次の下りを引用している:

合理主義とヒューマニズムが何を隠蔽し、何を欺くかということを「葉隠」は一言をもってあばき立て、合理的に考えれば死は損であり、生は得であるから、誰も喜んで死へおもむくものはいない。合理主義的な観念の上に打ち立てられたヒューマニズムは、それが一つの思想の鎧となることによって、あたかも普遍性を獲得したような錯覚におちいり、その内面の主体の弱みと主観の脆弱さを隠してしまう。常朝(加筆:著者の山本常朝のこと)がたえず非難しているのは、主体と思想との間の乖離である。・・・もし思想が勘定の上に成り立ち、死は損であり、生は得であると勘定することによって、たんなる才知弁舌によって、自分の内心の臆病と欲望を押しかくすなら、それは自分のつくった思想をもって自らを欺き、またみずから欺かれる人間のあさましい姿を露呈することにほかならない。(新潮文庫版63頁)

10年前にこんなことを考えていたのか、と。やはりブログというのは思考のWeblog、作業日誌として役立つものであるなあ、と。いま現時点でも、いや特に足元の社会状況をみると、ますます一層、上のような感想をもつのだ、な。

タレーランの言葉だが

La parole nous a été donnée pour déguiser notre pensée.

人に言葉が与えられたのは、思っていることを偽るためだ。

語る人、話す人が偽る相手は、世間であるばかりではなく、実は自分で自分を騙すために言葉を使う。人間のそんな不誠実が許せないという心情が、三島由紀夫という人物にはあったのだろうし、そんな傾向には心底から腹が立つという感情は小生だけではなく、いま多くの人が共有しているような気がする。 

2021年4月11日日曜日

『バランスが大事です』という思考は戦後日本文化の産物ではないか

特に最近になって頻繁にきく言葉だが

最も大事なことはバランスです

というのがある。特に、コロナ禍に悩む現代日本社会でこの言葉を何度きいただろうか?

海外のコロナ事情を報じる報道では"The most important is the balance"などという表現は、見たことがない。

小生は経済学から入ったが、現代経済学で最も大事な概念は《均衡》、つまり「バランス」である。価格や賃金、金利はすべて市場における需要供給均衡から決定されると考えるのが基本だ。実質GDPもそうである。総需要と総供給のバランスから理解する。

経済学が模範とする物理学でも力学の基本は力のバランスである。力がバランスするところで物体は静止する。運動や変化はバランスが崩れるからである。安定にはバランスが要る。

色々多数ある目的の間でバランスをとって行動するというのは、人間自然のあり方そのものだと小生は思ってきた。収入と支出のバランス、債務と返済能力のバランスばかりではない。学力と志願校のバランス、願望と現実のバランス、事業と企業倫理のバランス、意欲と能力のバランス、利害と友情のバランス、親孝行と仕事とのバランス、etc. ほかにも無数にある。どれも現代日本社会に生きる日本人なら日常的に考えている発想そのものなのではないだろうか。小生もずっとそんな風に考えてきた。

しかし、小生の亡くなった父が何度も口にしていた叱責の言葉は

その考え方は純粋じゃないからダメだ。

そんな言葉であった。

この《純粋》という父にとっては最高の価値であったように思える言葉が小生の腑に落ちたことは一度もなかった。父が言いたいことがよくは理解できなかった。諸々の点で自分なりにバランスの良いところで結論を出そうという考え方のどこが父の気にいらないのか、本当に分からず、ただ困惑するばかりであったのだ。

ところが・・・

若い頃に途中で忙しくなって読了できなかった三島由紀夫の『豊穣の海』を読んでおこうと思ってまた読み始めたところ、第2巻の『奔馬』のキーワードがこの《純粋》という言葉であったので、改めて非常に驚いた。最初に読んだときはまだ父がいた。《純粋》という言葉が作中で頻出しているのだから、初読の際に強く関心を引いてもよかったはずだが、ただ読み過ごしたのだと思う。むしろ《純粋》というこの言葉に価値観をこめて使う人をメッキリと見なくなった最近になったからこそ、逆に《純粋》という言葉から鮮やかな印象を感じるようになったのだろう。

語り部の本多繁邦が主人公・飯沼勲に出した書簡の中で柔らかに忠告するとき

それにしても、本多は何と巧みに、歴史から時間を抜き取ってそれを静止させ、すべてを一枚の地図に変えてしまったことだろう。それが裁判官というものであろうか。彼が「全体像」というときの一時代の歴史は、すでに一枚の地図、一枚の絵巻物、一個の死物にすぎぬではないか。

理屈に奉仕する理知の不毛性を感じるのは《純粋》であることに由来する。

思想はまっ白な紙に鮮やかに落とされた墨痕であり、謎のような原典であって、翻訳はおろか、批評も注釈もつきようのないものであった。

こちらの突き刺す「純粋さ」の針に、ただちに「純粋さ」の針で応ずる先輩はいないものだろうか。

堀陸軍中尉は昭和初年に跋扈した青年将校の一人であるが、ほどほどに純粋であったのだろうが、最終的には軍組織の一員であり、主人公が求める「純粋さ」を通すことはできなかった。

三島由紀夫は大正14年生まれであるから亡くなった父とは1年違いである。《純粋》という言葉にこだわる共通性は、「あの世代」に共有された思想であったのかもしれない。

父が好んだ名句として

自ら反(かえり)みて縮(なお)くんば、千万人と雖も、吾往かん。

 孟子の言である。吉田松陰もこの一句を好んだそうだ。確か父の口からこの句が出るときは『おのれ信じてなおければ、敵百万人ありとても我ゆかん』であった記憶もあるのだが、意味は同じだ。

自らの動機に対して実に誠実である。この誠実から「バランスをとる」という生き方は出てくるはずはない。「誠実」から出てくるのは「行動」である理屈だ。

言葉、というより「文筆」や「話芸」は、結局のところ記号や音声であり、陽明学が「知行合一」として結論付けるように、「行動」だけが結果をもたらしうるというのは、現代社会でも言える真理であるだろう。つまり「問題解決」は、言葉ではなく、行動によって得られるのである。「知っている」こと自体には大した意味はない。この点は、本ブログでも何度か覚え書きにした。

『奔馬』の主人公が

太陽の、・・・日の出の断崖の上で、昇る日輪を拝しながら、・・・かがやく海を見下ろしながら、けだかい松の樹の根方で、・・・自刃することです。

 そう語るとき、「いかに生きるか」という問題は、結局は「いかに死ぬか」と同じ問題であるという極めて当たり前のことを、目の前の最優先の主題として意識していたのが父の世代であったのかと、そう改めて腑に落ちたように感じたのだ。

確かに「いかに生きるか」を考えることは「いかに死ぬか」という問題と表裏一体の問題であって、前者の問題だけを論じて、後者を観ないという思考では、絶対に解は得られない理屈である。

合理的に考えれば・・・

危険からは逃げるのが合理的である。戦争になりそうになれば、国を脱出して逃げるのが合理的だ。攻撃されれば被害を被る前に降伏するのが合理的だ。困れば無理をせず人に助けてもらうのが合理的だ。助けてくれる人がいなければ、政府に助けてくれと要求するのが合理的だ。自分が頑張るよりは、公務員に助けてもらうのが合理的だ・・・・。

確かに合理的に行動すれば、命を守ることができるが、しかし合理的ではあるがどこか釈然としないのは、同時に発生している表裏一体の問題に解答を出していないからである。そのように生きるという行動は、そのように死ぬという問題に対してやはり正しいのかどうかを真っ当に考えていない。

パスカルは、自分という「生」の前後に永遠に長い「死」という時間があることに思いが至ると、いま一瞬間だけ自分は生きていること自体に戦慄を感じる・・・という意味のことを書いている。

ドイツ人が愛する有名な行進曲"Alte Kameraden"(旧友)でも謳われているように

Kameraden hoch die Tassen bis zum Morgenrot,

wir leben nur so kurze Zeit und sind so lange tot.

友よ、せめて夜が明けるまで杯を高く上げよう

私たちが生きる時間はあまりに短く、死んでいる時間はあまりに長い

であるなら、為すべき事も特になければ、なぜいま死なないのだろうか?いま死んでもよいのである。永い眠りに戻るだけなのだから。

なぜ敢えて生きるのか?死から生を受けて、また死に戻るのであれば、なぜ生きるのかという必然的な理由がほしい。それを自分が生きる中で自覚したいという意識は、確かに小生の世代でも理解可能な範囲にある。

色々な事のバランスをとるという生き方も、つまるところ「自由」である。選びたい人は選べばよい。しかし、「いかに死ぬか」から発想して「いかに生きるか」に答えるとすれば、生きている時間の中では「意志」が極めて大切な核心になる。

「バランスをとる生き方」の中に「意志」はあるのか?

父、というより父の世代は、この「意志」に死を怖れない ― なぜならいかにして死ぬかという問いかけから決めた事であるから—「純粋さ」を求めたのだろう。そう思われた次第だ。

こんな風にして、父が『それは純粋じゃないなあ』と小言を言っていた意味が、長い時間を経てようやっと理解できた気がする。そうなのなら『はやく分かりやすく言ってよ』と、そう言いたいのが正直な気持ちなのだが。