2012年1月25日水曜日

ベア支持論は労組シンパになるのか?

またまた日経から引用すると以下のような報道がある。経団連と連合の定昇是非論である。
経団連と連合は25日午前、2012年の春季交渉を巡るトップ会談を開き、労使間の協議が事実上始まった。経団連は今回の経営側の指針として、一人ひとりの基本給を一定時期に上げる定期昇給について「延期・凍結」の可能性を指摘している。これに対し連合の古賀伸明会長は会談後、記者団に「踏み込みすぎ。労使の信頼関係が置き去りにされる」と批判した。 
経団連の米倉弘昌会長は会談の冒頭に「長引くデフレや行きすぎた円高、欧米諸国の景気低迷など日本企業を取り巻く環境は極めて厳しい」と指摘。賃上げよりも国内雇用の維持・創出に重点を置くべきだとの考えを示した。経団連は23日発表した「経営労働政策委員会報告」で「ベースアップは論外」としたうえで定昇について「延期・凍結」の可能性に言及、厳しい姿勢を示している。
これに対し連合の古賀会長は「人への投資が困難を乗り越えて未来をつくる」と主張。「(労働者への)適正な配分による個人消費の拡大が成長とデフレ脱却にもつながる」と強調した。連合は昨年に引き続き給与総額の1%引き上げを求めている。
(出所:日本経済新聞2012/1/25 11:00 配信)
経営者側は定期昇給は論外。労働側は適正な配分が消費需要拡大とデフレ脱却につながると主張している。

× × ×

小生は、今回ばかりは連合側の主張がマクロ経済上の観点から適切だと思う。とはいえ、この辺、経済学者の間で意見が相当分かれてくる論点だと予測している。以前、インフレーションが大問題である頃、コストプッシュ型か、ディマンドプル型かという論議がなされたものだ。今のデフレーションについても思考の枠組みは同じでよい。分析技術は高度化したが、経済を見る目が昔と今で全然違うということは、革命があったわけでもないし、あり得ないことだ。

確かに総需要が低下すれば、企業側のコストが一定でも物価が下落することは授業でも説明している。需要が低下すると、生産が縮小し、雇用も縮小する。雇用が縮小すれば窓際族はリストラされるので労働の限界生産性が高くなる。企業側の均衡条件は
価格×労働の限界生産力=名目賃金
である。限界生産力が高止まる分、名目賃金一定の下では、企業側に低価格攻勢を仕掛ける余裕が生まれる。だから賃金は据え置き、価格は下がることになる。この場合、実質賃金は上がるわけである。結果だけをみると、実質賃金が高すぎるために、雇用を拡大できないという理屈も、現象的には当てはまっている。しかし、労働市場で需給バランスをとるような調整は行われていないので、実質賃金が高すぎるので云々という価格調整論をとりあげても、意味のない議論である。

もし賃金一定ではなく、名目賃金を下げれば、企業側はより一層の低価格攻勢をかける動機をもつ。これは上の式から簡単に分かることだ。では、定昇が行われるとどうか?この場合、一定の人的資源に高いコストがかかる。上の式の右辺が上がるので、左辺も上がらないといけない。雇用のスリム化で雇用者の生産性が上がっているとしても、同時に価格を下げるという動機は弱くなる。このロジックは日本市場においても、グローバル市場においても、当てはまる。

定期昇給は国内企業から、日本と世界双方の市場で、攻撃的安値戦略をとる誘因を奪うだろう。

× × ×

しかし、それでは国内市場に輸入されてくるアジア製品に太刀打ちできないのではないか?そんな疑問がある。そもそも輸入されているアジア製品には何らかの形で日本企業が関係している。一律に判断することはできないが、国内企業が低価格攻勢への誘因を持たなくなれば、輸入品販売企業もまた価格引き下げ競争への誘因を失うのがロジックだ。そもそも千円で売れる商品を何が悲しくて900円に割り引くのか?よほどの過剰生産能力がなければそんな安値戦術を自ら仕掛ける動機は企業にはない。競合企業が安値で売るからである。自作自演の値下げ競争を停止させる一つの方策は、<コスト圧力>を上げることである。

それでもなお、国内企業が輸入品に市場を奪われて企業利益が低迷するかもしれない。それが怖いがために、国内雇用者の賃金を引き下げている状況とくらべて、いずれがより心配な経済状況であるのか、真剣に議論しておかなければならない。が、それはさておいても、本当に国内企業の利益が激減するなら、株式市場が暴落するだろう。それは円高から円安へのトレンドを生むだろう。

× × ×

あるいはまた、国内の労働コストが上がれば、国内企業の海外流出が加速するのではないか?そんな心配もある。就業機会が減ってしまっては賃金もまた下がるしかないではないかというわけだ。

小生は、日本の産業政策がずっと不毛であったのは、この論点を避け続けたことにあるとみている。むしろ、賃金を抑制することでしか国内で採算のとれない産業が、海外に自然に流出したあと、それでは国内市場ではどこで労働需要があるのか?それをこそ議論しなければならなかった。日本は生活大国とはほど遠い。ものは揃っていて、相応に豊かではあるが、満足感や幸福感に乏しく、暮らしを楽しむ機会が少ない。リタイア後の10年は人生を楽しみ、10年は体をいたわる。そんな構想をたてても、国内にはよい事業者が十分育っていない。身の回りで充実したいところは実は非常に多いと小生は思っている。伝統的なモノづくり産業が、消費者の財布からお金を吸収し続けているために、伸びるべき新産業が伸びられずにいる ― もちろん求められているサービス分野がほとんど全て規制の網にからめとられている点もある。

× × ×

それ故に、コストダウン+安値攻勢という自作自演のデフレ劇はそろそろ止めにして、労働組合には正当な報酬を獲得するべく粛々と経営者側と交渉して頂きたい。もちろん正規社員のための団体交渉ではなく、労働者のための団体交渉としてであるが。

日銀がいくらペーパーマネーを印刷してもマネーは海外に流出するばかりで、デフレは延々と続いている。デフレを退治する最後の特効薬はコスト・プッシュ。つまりは定期昇給実施である。小生、そう見ているところだ。

0 件のコメント: