2011年6月6日月曜日

増税が最も重要な政策課題なのか?

今日の日経朝刊掲載の経済教室に岩本康志氏が寄稿している。タイトルは「政府債務の拡大どこまで」だ。

震災復興の財源をどこに求めるかで議論が続いており、政府の復興構想会議でも増税なくして復興事業を進めることは困難との考え方が色濃く出されそうな気配である。

その点で岩本論文の内容は大変興味深い。要点を整理すると以下のような概略だ。
  • ロゴフ・ラインハート「国家は破綻する」(日経BP社)によれば、19世紀以降に限っても対外債務によるデフォールト(=政府債務償還不能の事態、以上筆者注)が250回、国内債務(=日本の国債はこちら、筆者注)のデフォールトが68回起きている
  • 第1次世界大戦と大恐慌で増えた政府債務は主にデフォールト(=返済停止)で整理されたが、第2次大戦後は人為的な低金利政策という金融抑圧で債務負担を軽減した。
  • リーマンショック以降の金融危機に対応するため、先進各国の政府債務残高は第2次世界大戦以来、最高水準に達している。ロゴフ・ラインハートの著書では、この累積した債務が金融抑圧によって縮減されるのではないかと予測されている。
  • GDP成長率よりも金利を低い水準に維持する金融抑圧だが、自由化された現在の金融市場において、この先ずっと低金利政策を続けることが本当に可能なのかどうか、それは定かではない。また、金利を下げるよりもGDP成長率を上げることを狙う「上げ潮路線」だが、高成長を規制緩和によって実現できるのか、やはり定かではない
  • インフレによって政府債務を実質的に軽減することも可能だ。実際、中央銀行は財政危機に際して国債の買い支えを行う可能性が高い。このような状況になると中央銀行が物価の安定を図ることが極めて難しくなる。その意味で「財政限界」を突破しないことが必要だ。
  • 財政限界だが、一つは租税負担率から決まる。税率が既に高い欧州の場合、増税で政府債務の軽減を図ろうとしても、それが財政収支改善につながるかどうか不透明である。財政限界を規定するもう一つの要因は政治リスクだ。政治的に増税が難しければ、たとえ税率が低くても財政限界に達するかもしれない。
  • 財政限界に達した時に、政府が社会保障を削減するのには時間を要するとすれば、一時的に債務を安定させられない事態となり、その時、中央銀行が国債の買い支えを行えば、比較的短期間で激しい物価上昇を招く確率が高い。
  • スウェーデンの財政限界とソブリンリスクを推測する確率モデルが開発されているように、今後データが整備されて、統計的手法による財政危機(=国家の破綻)分析が大いに進展する可能性がある。
日本の政府債務残高は対GDP比で200%をはるかに超えている。この高さは、国家破綻の瀬戸際にあるとされるギリシャやポルトガル、アイルランドなどよりも高い。これまた不思議なことであるわけだが、一つには日本の租税負担率が低く、国債償還のための資金調達が増税によって可能だと見られているという事実がある。しかし、客観的な状態として増税が十分可能であっても、政治的な理由で増税を実現できないという見方が広く共有されてしまえば、国債の確実な償還が危ぶまれ、故に誰も国債という証券を買おうとしなくなる。そうなれば、(日本では)日銀が国債を買わざるを得なくなるだろう。それは、マクロ経済としては異次元の世界であり、「財政限界」は超えられた。そう判断しなければならない。対処は、財政限界に到達する前に実行することが不可欠である。

これが岩本論文の趣旨である。

× × ×

同じ本日朝刊の1面は、日本経済新聞社による設備投資動向調査の結果。全産業で前年比15%超の増加率という明るい話だ。

反対に、3面では「潜在成長率低下の恐れ」という暗い話。サプライチェーン再構築は急ピッチだが、より大きな問題は、大震災をきっかけに企業行動が変化すること。電力需給の不安定が日本国内に生産拠点を置くことの事業リスクを高めている、という話だ。日経としては、本当はこちらの方を言いたいに違いない。小生はそう読んだ。

3面の記事を読むと、オーストラリアの労働市場改革を紹介するなど、基本的には規制緩和の徹底路線を支持している。具体的には、電力市場の自由化。更に、法人税率引き下げ、TPP参加も挙げている。これは小泉改革時代に標榜された構造改革路線であって、特に輸出型製造業を主とする財界本流の考え方そのものですね。

消費税率引き上げは3面にはない。ないのだが、経済教室の岩本論文と併せて読んでほしいということだろう。財政限界に達する前に、消費税率を引き上げて、政府債務の安定化を図るべきである。

× × ×

つまりこういう議論である。

1. 自由な国際金融を前提すれば、低金利をずっと続けることは難しい
2. GDP成長率を上げないと、政府債務の安定化は困難
3. 政府債務の安定化ができなければ、財政限界を突破して、つまりは猛烈なインフレになる。
4. 実際に、実質GDP成長率を規制緩和だけで上げられるかどうか(必要ではあるが)、これまた定かではない
5. 社会保障を削減することも政治的に困難かもしれない。
6. だとすれば、今やるべきことは増税だ。増税によって政府債務の安定化を図ることが不可欠。

この路線は、与謝野経済財政相が唱えている政策論に他ならず、菅総理が総理就任後に、にわかに言い始めた経済政策でもある。

文中下線を引いておいたが、難しい、困難、定かではない、という形容詞が並んでいる。全てが難しいのであれば、増税しかないだろうという論理ですな。また、増税できるはずだ。その判断もある。

上で「難しい」とされている課題の中で、もっとも多くの国民の利益になることは何だろう。本当に国民にとって大きな利益になるのであれば、簡単に難しいと言わないで、不退転の決意で頑張ってくれるのが国会議員であり、政治家ではないか、そのくらい言ってもいいでありましょう。

それは実質GDP成長率を上げることだ。一人当たり実質GDPで測られる生活水準を下げないことだ。まずはそれに決まっているではないか?更に細かいことを言えば、日本の領土内で生産された生産物というよりも、日本人が国内・海外から受け取った所得合計である国民可処分所得を重視してほしい。国民がどの程度豊かであるかを重視してほしい。そう願うのは小生だけだろうか?

このように考えた場合、まずは増税という政策が、目下の最重要政策課題であるとするのであれば、知恵も工夫も何もない政府と言われても抗弁はできないのではあるまいか?




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