2011年7月20日水曜日

先進国の債務危機について

欧州ではギリシア問題がくすぶっており、ギリシア国債デフォールト(支払い停止)もありうるとの判断が主要国首脳では話し合われている様子だ。と思っていたら、イタリアのソブリンリスク(国債の信用低下)も危険水域に入って来た。ロイターも
Alarmed by the spread of market jitters over Greece to Italy and Spain, where bond yields have surged in the past 10 days, European governments are struggling to put together a second bailout of Greece that would supplement a 110 billion euro rescue launched in May last year. (Reuters WASHINGTON | Mon Jul 18, 2011 2:01am BST)
(Reuters) - The clock is ticking inexorably towards Thursday's summit and if it does not come up with at least the framework for a second Greek bailout, markets are likely to react badly, not least because the threat of a U.S. default still hangs heavy too. (LONDON, Jul | Tue Jul 19, 2011 8:32am BST)
こんな記事を流している。火元はギリシアだが、対応に手間取るEU首脳(というか、ドイツ政府が 資金面で一肌ぬいでくれるか)の姿勢に不安を感じた投資家が、返済に不安のある国債により高いリスクプレミアムを求めているのである。混乱を招いているのは、煮え切らない政治家だ。テキパキと対策をまとめてくれないので、投資家が「イヤになった」と投げているのですね。

イタリアが燃えてくると、スペインも危なく、そうなるとアメリカ国債も買う人はいなくなる。そんな状況では、日本の国債は国内で消化している、と気楽に構えている場合ではなくなろう。発行金利を上げないと、日本でも必要な財政資金が調達できなくなろう。そうなると世界同時多発ソブリンリスクが顕在化するわけで、リーマンショック並みの経済混乱がひき起こされるわけである。世界はそれを心配している。先進国の政府が、ドミノ式に経営破たんする・・・これは怖い。店頭からミネラル・ウォーターがなくなるという次元の話ではなく、まったくモノが流通しなくなるだろう。

というか、日本では今年度の特例国債法案が、まだ国会を通っていないので、いまのままでは財政資金が秋口にも枯渇し、政府機関の玄関にはシャッターが降りるだろう・・・
こんな事態もありうべしとして、制度を設計していないので、どうなるのか。まさか警察や、自衛隊、裁判所や税務署などまで閉庁になるとは思えぬが。とはいうものの、給与支払い停止となれば、国は被用者に対して業務命令を発する権限を失うと見るべきではなかろうか。色々と思いめぐらすわけであります。年金支払いも(このままでは)危ないわけである。

日本では年度ごとに特例法案を国会が可決して赤字国債を発行するのだが、アメリカでは、債務上限を法で定めている。その債務上限引き上げ審議が民主党と共和党の間で、いま暗礁に乗り上げている。ロイターや今日の日経などによれば、共和党上院は中間案で妥協に動いているようだが、主戦派もいる。下院では「歳出削減・制限・財政均衡法案」が提出されるようだ。これが可決された場合は、大統領は拒否権を発動するだろう。そうなると両党が歩み寄って、財政危機回避策をまとめる状況ではなくなり、タイムリミットである8月2日危機を乗り越えられない。アメリカでも年金支払い停止、政府機関閉鎖が眼前に迫っている。

アメリカ、欧州、日本、どこにおいても政治に与えられた解答時間はタイムオーバーになりつつある。やるべき課題は決まっているのだ。当面とるべき正解も決まっているのだ。しかし、その正解を認めるとなると、<次々に>認めざるを得ない課題が、<後から後から>出てくるので、そんな<成り行き>には理念上絶対にしたくない。野党はそう考えるのだな。

つまりは、政党間の戦略的・理念的対立が、解決を要する当面の問題を解決させない。そんなディレンマになっている。当面の問題解決をライバルに成させることは、相手に大きなポイントを与えることになり、成り行き上、連続ポイントを与える危険がある。これでは次回の選挙に向けて不利に働く。

要するに、政治のロジックが、経済問題を解決するどころか、問題拡大の原因になっている。これがことの本質だ。

日本でも、大変スケールが小さいが、政争が進行中である。管首相のいう政治的課題を真剣に審議すると、それは首相の続投を認めることになるし、首相のポイントになる。それは政治的にまずい。だから問題を解決しないのは許されないと分かってはいるが、協力すると、政治的にあまりにも不利になるから、審議するべき課題までたなざらしになって、現状のまま放置される。アメリカと同じ症状なのである。

このように先進各国では、共通の政治力学が働いていて、ポスト・リーマン危機の大きな曲がり角を迎えている。

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民主主義+選挙+財政制度。この近代政治のトライアングルは、国家のエネルギー戦略、食料戦略と並んで、国家のグランドデザインそのものだ。

財政それ自体、歴史を通じて、国家運営の命運を常に左右してきた。西洋史、東洋史いずれにおいても「財政が破たんし」云々の文章が出てくれば、政変とか、内乱とか、王朝交代につながってきたのが常である。善政・悪政という区別があって、何が善政かというと、人によって考えの違いがあるのだが、財政を破綻させないというのは善い政治であるための必要条件であることは、歴史が証明している事実である。財政が健全であるという、そのこと自体にどれほど高い意味があるかは、これまた意見があるだろう、しかしそれは絶対に必要だ。この点は認めないといけないと思う。

では財政が破綻せずに収支バランスしている状態とはどんな状態なのか?その具体論になると、これは色々な考え方が出てくる。まず<租税国家>という言葉がある。国民から徴収する税で財政を運営するという原則だ。実は、この概念はそれほど古いものではない。中山智香子「経済戦争の理論」には、こんなことが述べられている。
(絶対王政の)君主たちは戦費調達の必要を共通の関心事として徴税を始め、これが近代国家の成立に寄与した・・・ちょうど三十年戦争の頃の租税国家の成立である。租税国家の概念は、「あらゆるイデオロギー的粉飾を取り払った国家の骨格は予算である」とする財政社会学的な考え方に基づき、・・・国家の本質と限界を租税制度から考えるだけでなく、・・・税の徴収の繰り返しや恒常化に求める。(45ページ)
私有財産を基盤としながら、その一部を国民すべてから権力をもって奪うのは、余程の国家的理由がなければ導入できるはずがないのですね。それは<戦争に勝つため>であった。この点は、大変、重要ではあるまいか?国民から金を借りるのではダメなのだ。勝ってから返さないといけない。それは相手国から奪うことによって返済すればよいのだが、それでは国家に資金を提供した富裕層が勝利の果実を独占することになる。それでは国家という戦争機械は作動しないのである。どうしても税でなければならない。

21世紀においても、同じ国家観が当てはまるのだろうか?戦争に勝利することと同じほど、国家的・国民的な絶対目的は、あるのだろうか?

江戸時代、幕府財政の危機に直面して吉宗将軍は改革を進めたのだが根本的解決には至らなかった。そこで家治将軍の下で田沼意次老中が進めようとしたのは、歳入構造の抜本改革だった。課税対象の拡大は高校の歴史でも教えていると思う。では、金銀会所はどうなのだろう?幕府と民間金融資本が共同出資して、いまでいう政府金融機関を設立し、新興産業に投資し、資産運用収益を折半しようという政策だ。鎖国政策を転換してロシア貿易まで志向していたそうだから、おそらく貿易金融にも参入したであろう。もし実現していれば、幕府の財政再建は成っていたに違いない。と同時に、封建大名の武威によって国を統治するという幕府政治もまた根底から変質しただろう。成否は歴史の闇の中にある。

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財政健全化とは、歳出・歳入改革である。増税が簡単なら財政健全化も簡単だ。国家として為すべき事業を賄うに十分な収入をどう調達するか?戦争なら税だ ― 実際には、増税にも限界があり、国債で調達し、戦後のインフレによって結果として民間の富を収奪した、この点は今日は割愛する。小生は、1980年代以降の国有事業民営化の潮流が、これから再検討されてくるのではないか。そう予想しているところだ。

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