株価はアメリカだけがプラス、他はマイナスであり、世界的には株が下がった一年となった。アメリカに次いでパフォーマンスが良かったのは英国。以下、韓国、ドイツ、日本、フランス、ブラジル、中国(上海)、イタリアの順である。
通貨は株価と順番が違っている。日経通貨インデックス・ベースで一番増価したのは日本円。次いで、米ドル、スイスフラン。それから英ポンド、豪州ドル、ここまでが増価組だ。減価したのは、まずはユーロ、次いで韓国ウォン、以下カナダドル、ブラジル・レアルとなっている。
大雑把に言うと、アメリカはドルも堅調、株価も健闘。英国もアメリカほどではないが、まあまあ。欧州は株価も冴えず、通貨ユーロも減価した。ブラジルも同じ。韓国もウォン安で輸出産業にはプラスだが株価は下げた。株安を嫌気して資金が国外に流出したのだな。外国から資金を呼びこんで成長をしていると、時折、こうなる。
<ねじれ現象>が目立つのは日本と中国。中国は、通貨騰落率のグラフには登場していないが、人民元は対ドルで1ドル=6.6元程度から年末には6.3元と、概ね4.7%位の元高になった。中国は通貨高・株価安のパターンだ。一方、日本は、円が約5%の増価。対ドルでは本年1月4日の82円10銭から昨日30日の77円72銭まで5.3%円高だ。中国元と大体同じ程度の通貨高であったわけ。そして株価は、日経平均が約15%安、中国の上海市場が約20%安だから、奇しくも、通貨、株価だけをみると、日中両国とも似たようなパフォーマンスを演じた一年であった。
日本、中国。やっぱり、お隣さんだねえ。不思議だ。そうも言いたくなるではないか。
ただ似ているのはここまでだ。日本円が信頼されている背景には、日銀への信頼がある。日銀が信頼されているのは、日本政府が信頼されているからだ!?これはブラック・ユーモア。安全資産として円が世界から高い評価をされ、そのことが円高という結果になって、日本の産業に打撃を与えるという副作用を目の当たりにしながらも、<通貨の番人>たる使命を頑として忘れぬ日銀が、無能な日本政府とは関係なく、独自の存在として世界から信頼されているのだと言うべきだ。
もちろん(今のところ)国債市場に何らの不安もないからでもある。それでも、ここまで通貨の健全性の理念を守り通すことができる中央銀行は、それ自体、日本国家の貴重な資源である。この高い信頼を日本の国益につなげていけないはずがない。日本の金融市場を国際化すれば、円の健全性を担保する日銀が存在する限り、日本政府の国債は世界市場で優良な投資対象になるはずだ。ほとんどの国債が総だおれになっている現在、日銀が管理する円ベースの国債は世界の投資家のニーズに応えるものであるとすら言える。金融企業の東京流入は増え、優良な技術をもった国内企業が海外に進出するための後押しをしてくれるだろう。<資本参加>の名のもとに、支配‐被支配関係に置かれ、安く買い叩かれている国内の優良中小企業は、世界市場で正当な評価を受け、親企業の軛から脱却するチャンスを得られるはずだ。それは伝統的製造業の自作自演によるデフレ劇に幕を下ろす契機になるかもしれない。円高傾向は続くにしても、出るべき製造業は海外に出て、国内にいる消費者はその生産物を安価に購入し、余裕のできた資金を医療、健康、教育に支出することができるだろう - もちろんそのためには、規制産業への参入を自由化しておく必要があるが。
こんな風に想像をめぐらせると、今の日本人は日本の未来予想図を描くに十分な経済基盤をすべて手にしている。未来予想図を実現するだけの要素をもちながら、「ここでは使わないように」、「これは使えません」などなど、おかみの規制に唯々諾々として服従する心性から脱却できずにいるために、成功する可能性を現実のものにできずにいる。いつになったら、ホント、目についた鱗を落とすのか?それも社会レベルで。ずっとそう感じてきたのだが、大震災以来、「ホント、政府ってダメなんだなあ」、「大企業の連中って、こんなに無能だったの?」、と。少しずつ潮の流れが変わり始めたような気がしている今日この頃なのである。
ま、こんな風に、株価は下がったが、少し明るい兆しが見えてきた、円が高くになるには高くなる理由がある、そんなところで、新年を迎えることにしよう。
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部屋に山頭火の句を書いた短冊を吊るしてある。そこには
濁れる水の 流れつつ澄むとある。
これは、ずっと昔、函館のトラピスチヌ修道院で買ったものだが、何かの下の句なんだろうか?そう思ってきたが、まだ分からない。今日、その短冊を見ていると、何気なく浮かんだのが:
片付かぬ 浮世に生きる この心 濁れる水の 流れつつ澄む上の句を足してみた。気に入った絵を模写したような気分になった。